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38 Prologue
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そして。
文化祭の当日はやってきた。
星音堂の中は嵐だった。
午前中の内に手が空いている職員で控え室の用意をする。
バタバタ走り回っている吉田。
今日の仕切り役は彼だ。
のんびり鳥小屋の餌を補充している星野は、吉田に怒られていた。
そんな様子を見ながら、蒼もお弁当の再確認の電話を入れる。
尾形たちは着ぐるみの調整をしていた。
水野谷は、午前中に本庁で会議があるといって不在なため、残った職員総出だ。
案内板にポスターを張り、受付の準備をする。
バイトの人たちは夕方から来るので、それまでに会場の準備をしておかなければならない。
午後から来る照明係の人との打ち合わせに利用する台本も準備しているとあっという間に昼になった。
午後一番で集まってきている市民合唱のメンバーたち。
最初に彼らのリハがあって、次に市民オケのリハが1時間ずつある。
そして、3時からミュージカルのリハがあるのだ。
会場が5時30分なので4時過ぎにはすべての調整を終えてお弁当を食べることになっている。
まだまだ先は長いが、職員たちはヘロヘロになっていた。
1時を過ぎて合唱のリハが始まると、蒼たちはお昼にするが、みんなもくもくと食事をしていた。
職員たちの間には、疲れと緊張が見て取れた。
「いやあ。なんだか例年になく緊張するねえ」
一同は緊張しているが、その中で氏家一人だけがニコニコしていた。
「氏家さんはベテランですからねえ」
高田も釣られて笑った。
「本庁から移動してきて20年。ここ一筋だったからなあ。こんなんばっかり何年もやっていて。結局課長補佐で退職さ~」
「課長補佐なんてかっこいいじゃないですか」
蒼は笑う。
「蒼~。お前は上を目指せよ」
「氏家さん」
「ここばっかじゃなくて本庁にも行けるといいな。お前たち」
蒼はお弁当に視線を向ける。
星音堂は市役所の管轄になっている。
蒼も市役所の採用試験を受けて、ここに飛ばされた口だ。
そういわれてみると、蒼、吉田、尾形は星音堂スタート組だが、上になる高田、氏家、星野は本庁から異動させられてきた組だ。
水野谷も課長になって赴任してきた口だし。
いつかは蒼も本庁に戻されるのだろうか?
でも。
結構ここが気に入っているから。
それは嫌だなと思う。
本庁でただの事務作業をしているより、ここでみんなと楽しくイベントを企画したり、音楽をやっている市民を見守っていくほうが好きだ。
「ここは左遷されて流されてきたところではないんですよね?」
吉田が失礼なことを聞く。
「本当にお前は失礼だな」
尾形は彼の頭を小突いた。
「出世コースだろうが」
「尾形、それも言いすぎだって」
氏家は笑う。
「でもこれからは厳しくなってくんじゃないかな?一応、公務員、市の職員扱いのおれたちだけど。今は病院ですら民営化の波に押されているからな。ここも例外じゃないと思う。市役所職員で採用されたんだから身分は保証してもらえると思うけど、星音堂もいずれは民営化のターゲットにされるんじゃないかと思う」
「そうなんですか?」
蒼の疑問に星野も頷く。
「そうだ。今後は定休日をなくすなんて話も出ているからな。もう公務員の域を超えた扱いになっているそうだ。市役所でも星音堂勤務になるとかなり時間も不規則だし。休日の出勤も多いし。人気なくて移動願いなんて出す奴いないらしい。だから、めっきり本庁との移動がなくなってしまったから、お前たちみたいに最初から星音堂に配属される連中が出てきたって訳だ」
「それでおれ、ここに配属になったんだ」
「そういうこと。つまり、ここになったら生涯異動はないって考えたほうが無難かもしれないな」
星野は気の毒そうに話す。
吉田もがっかりしているみたいだった。
でも。
蒼は嬉しい。
異動がないならそれでいい。
ずっとここにいられるんだもの。
ちょっとほっとした。
「よかった」
「え?」
蒼の言葉に一同は顔を上げた。
「何?蒼?」
「いや。おれはここが好きなので。異動がなくてよかったな……なんて」
蒼の答えに事務室は爆笑した。
「お前ってやつは」
「本当に単純というか」
「野心なんかこれっぽっちもないんだな」
「え?」
「いやいや」
みんなに笑われている意味が分からない。
でも、なんだか楽しくて蒼も一緒に笑ってしまった。
この時間が好きなのだ。
みんなと一緒にいる時間が。
いつのまにか緊張もどこかに行ってしまった。
水野谷が慌てて本庁から帰ってきた頃にはいつもどおりの事務所に戻っていた。
「みんな!そろそろ自分たちの準備をしよう」
彼に連れられてやってきた、本庁の援助組に申し送りをしてから一同は着ぐるみを着込んだ。
文化祭の始まり。
ミュージカルの始まりだった。
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