アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
45.Overture1
-
ドイツにあるその地方は農村の多いのどかな場所だった。
昔から音楽家をたくさん輩出していることで有名な土地でもある。
今の季節は冬。
日本ではそろそろ春のにおいがしてもよい季節だが、今年は雪が多いのでいまだ冬景色だった。
そして、この北国もまだまだ春の足音は聞こえてこない。
昨日、入国してからはホテルでのんびりくつろいだ。
日本からドイツまでは約11時間かかる。
本当に長旅で疲れたといったところだろう。
今は国際電話も発達しているので到着したことを蒼に伝えた。
無事着いたと言うことで彼もほっとしてくれたので自分も安心した。
出かけるときの蒼の様子を見ていると、後ろ髪を引かれる思いでいっぱいだった。
泣くまいと我慢している健気な姿を思い出してため息が出る。
「おれでは幸せに出来ないのかな……」
窓の外を見ると雪が風に飛ばされて、吹雪になっていた。
こっちに来てからずっとこの状況だ。
極寒の地。
そんな気がした。
「はあ……」
蒼のことも心配だし。
あんなに毎日、練習していたヴァイオリンをこの二日、弾いてないってことにも不安を感じた。
早く弾ける場所に行きたい。
これから自分がどんなスケジュールでコンクールに乗っていくのかは分からない。
なにせ初めての国際コンクールだ。
右も左も分からない関口は、今後のことや日程は桜に任せてしまっていたのだ。
関口だって海外留学の経験はあるけど、ドイツは始めてだった。
伴奏を任せるピアニストも桜にお任せしてしまっているし。
大丈夫だろうか?
いろいろ不安は多い。
でも、ここまで来たんだ。
なんとしても優勝して帰らないと。
蒼にも顔向けができない。
前祝までしてもらったし、あんな切ない顔をさせてしまったのだから……。
ぐるぐるいろんなことに考えをめぐらせていると、ノックの音が響いた。
「はい!」
はっとする。
しまった。
日本語じゃ駄目か。
慌てて扉を開けると桜が立っていた。
「大丈夫?身体は慣れた?」
彼女には疲れという言葉はないらしい。
相変わらずけろっとした感じで立ち尽くしている。
「ええ」
「じゃあ、荷物まとめて」
「へ?」
「へじゃないよ。これからあたしの友達のところに世話になるから」
「……」
話が見えない。
「えっと」
「あんた。いつまで勝ち残れるかも分からないでしょう?日程だって曖昧だし。それにホテルにず~っと居座る気?」
「それは……」
だけど、そんなホームスティできるようなコネもないし。
「1ヶ月くらいなら……」
桜は呆れる。
「あんたねえ。お金の価値観直したほういいよ!親も親なら子も子ね。蒼がせっかく用意してくれた資金なんでしょう?大切にしなさいよ!」
ふんとため息を吐く桜。
彼女はドイツ語も堪能で、すっかり日本にいるときと同じ感じだった。
説教されてしまう。
「え?桜さん?おれの両親のこと知っているんですか?」
突っ込みどころはそこではないだろうと思いつつも、言わずにはいられなかった。
彼女の口から両親の話題が出たのは初めてだったのだ。
ビックリして聞き返すと、桜はハっとしたように顔をそむけた。
「べ、別に。そういう意味じゃないよ。あんたの親たちは有名人だもの。それくらい想像つくわ」
「そっか。そうですよね。確かに。おバカな二人ですけど……」
なんだか知ったような口調だった。
桜の過去は依然謎のまま。
もしかしたら二人と面識があるのかも知れない。
確かに、彼女の腕はどれほどもものか分からないが、あの柴田の先生なのだ。
きっと相当な腕の持ち主に決まっている。
そうなるとプロの演奏家だったのかも知れない。
プロなら自分の両親たちとも面識があってもおかしくないだろう。
しかし、それは関口の憶測だ。
彼には彼女が何者なのか、探る手立てすら思いつかなかった。
それに彼女の素性が知れたからと言ったってなにが変るわけでもないのだ。
彼女は関口の尊敬すべき先生であると言うこと。
それさえ分かっていれば十分だと思える。
ぼんやり彼女のことについて思いを馳せていると、腕を引っ張られた
「ほら!行くよ!」
バランスを崩して倒れそうになり、なんとか踏みとどまる。
女性なのに腕力が強いんだから。
「はい!」
急かされるようにして荷物をもち、ホテルを出る二人。
外に出ると、古ぼけた白い車が止まっていた。
「へ?」
「乗って」
「桜さんが運転?」
「平気よ!国際免許持ってるんだから……」
そうだったんだ。
知らなかった。
ぎゅうぎゅう押し込まれて助手席に治まる。
「さてと。行くわよ!」
「はい」
なんだか恐ろしい。
日本でだって、運転しているところを見たことがない。
国際免許を持っていたってペーパーなんじゃないのか?
関口の不安は結構、的中する。
目を白黒させている彼を他所にアクセルと踏む女。
それは地獄のドライブの始まりだった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
315 / 869