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73.星音堂幽霊事件10
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水野谷が動きだしたのは、約束の1週間が経ったその日だった。
その日は珍しく、施設利用者が1組しかない日だった。
いつもだったらあっちもこっちも利用者で溢れているのに。
前々から入っていた団体のキャンセルが相次いだ日だった。
「珍しいですね」
蒼は台帳を見てため息を吐く。
「こんな日もあるんだよな~」
一緒にいた星野も首を傾げる。
妙にじとじとした雨の降っているその日は気分も滅入った。
そんなとき、水野谷が声を上げる。
「今日の遅番は誰だ?」
蒼は慌てて、手を上げる。
「あ、おれと……」
「おれです」
三浦も手を上げた。
「そっか」
なんだろう?
蒼は水野谷を見る。
彼はあまり表情を変えずに二人を見て、それから他の職員を見る。
「約束の1週間は経った。みんなよく頑張って居残りをしたと思う」
急になにを?
一同は水野谷の意図が読み取れず、ただ黙っていた。
「1週間経ったが、目撃情報のみで特に悪さをする幽霊とは思えないと言う結論が出た。約束として、今日から幽霊対策による居残りは禁止にする」
「課長!」
まだなにも解決していないじゃない。
不満を述べる星野を横目に、蒼はただ黙って様子を伺っていた。
「約束は約束だ。こんなことを続けていたら業務にも支障がでる」
それはそうかも知れない。
ほぼ、毎日のように遅番をすることはきつい。
そろそろ限界ではあった。
「みんなが星音堂のことを考えてくれて、そうしてくれた気持ちはよく分かった。だが、みんなで居残っていても仕方がないだろう?ともかく。居残りは終了だ」
反論の余地はない。
星野たちだって、幽霊のことがなにか分かったわけではないのだ。
幽霊が何故、ここに出てくるのか。
なにも分からない今の時点で、その対応策と言うのは考えもつかないことだったのだ。
水野谷は笑顔を見せ、星野を見る。
「お前たちはよく頑張った。最初は、ばかばかしいと思っていたが、みんなが一生懸命にやってくれている姿は嬉しかった」
確かに。
まとまっているようで、まとまっていない星音堂職員。
今回は、みんなで頑張ったと思う。
蒼はなんとなく、嬉しい気持ちを感じた。
「今日は利用者も少ないし。お前たちは定時で帰りなさい」
うんうんと頷いていた蒼は突然の申し出にビックリする。
「課長?」
「でも、利用者はいるんですよ?」
三浦も驚いていた。
「でも利用団体は1つしかないし。今晩くらいはおれが遅番をやろう」
「課長が!?」
「休みもなく、頑張ったご褒美だ。これで諦めて、幽霊騒動は終わりにしよう」
遅番しなくていい?
蒼はなんだか複雑だった。
遅番をやらなくていいのは嬉しいことだ。
しかし、その代わりを水野谷が行うなんて。
職員たちは同様に複雑な表情をしていた。
水野谷は上着を羽織り、席を立つ。
「どれ。おれは午後から本庁の会議に出て定時までには戻ってくるから。みんなは定時に帰れるように仕事を終わらせておくこと。いいね」
荷物を抱えて出て行く水野谷。
職員たちは黙って彼を見送った。
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