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2人がドアを開くと、そこに立っていたのは紅だった。
その後ろにはきょろきょろと挙動不審の陽楽もいた。
瞬時に氷はドアを閉めていた。
これはもう無意識の行動で、本人が何かを考えるよりも早く動いていたのだ。
「氷……?」
「私としたことが……つい咄嗟に閉めてしまいました」
驚いた顔をして自分を見つめる炎に気付き、氷はそう口にする。
「とにかく、中にお入り頂きましょう。どうせ帰らないでしょうし」
「それもそうだな……」
深く溜め息を吐いて、意を決したようにドアを開けた。
「酷いね。己の主人の友人に対してドアを閉めるだなんて」
「友人……知人の間違いでしょう」
「あんま入れたくないけど、どうぞ」
敵意を隠す様子もなく、2人は紅と陽楽を招き入れ、居間まで案内した。
「失礼致します。紅様と……その……陽楽様がお見えになられました……」
言いづらそうに氷が声をかける。
「……そうか」
「え、陽楽……?」
驚きと不安で、叶弥は蒼の服の裾を掴んだ。
まさか、つい先程まで話していた陽楽の引き取り手が紅だなんて想像もしていなかったし、考えもしなかった。
紅、と聞いただけでも嫌な胸騒ぎがするのに、それが陽楽の引き取り手となれば、胸騒ぎは増幅する。
「こんにちは、蒼と……恋人さん」
「何の用だ。俺はお前に用などないのだが」
蒼は冷たく吐き捨て、自分の服の裾を掴む叶弥の手にそっと自分の手を重ねた。
「恋……人……?」
陽楽は呆然と恋人という言葉を口にする。
あの様子から確かに普通の関係ではないと思っていたし、覚悟もしていた。
初めて出会った時の紅の口ぶりからもそれは分かっていたはずだった。
それでも、改めて言葉となって耳に届くと衝撃は凄まじかった。
「叶弥ぁーどゆことぉー?」
へらへらと笑顔を作りながら陽楽は叶弥に問い掛けた。
叶弥は何故かその笑顔に恐怖を覚えて、下を向いてしまう。
手から伝わる蒼の温もりが唯一、恐怖心を和らげてくれている。
「そ、れは……」
「俺何も聞いてないけどぉー」
「ごめん……言い出しづらくて……」
目も合わせず、うつ向いたまま叶弥は答えた。
今は顔を見るのが怖い。
「それで。何の用だ」
低く、陽楽に対して敵意を向けるかの如く冷たい声で蒼は問い掛けた。
氷のように冷たく、ナイフのように切り裂かれる程に鋭い眼差しで、紅と陽楽を見つめていた。
その目には殺意さえあった。
陽楽は初めて誰かの目を見て恐怖を覚えた。
ここまで明確な殺意と敵意を向けられたことはなかったからだ。
「まあまあ。そう怒らないで。私はね、今日は報告に来たんだよ」
そんな空気を壊すかのように、にこにこと紅が口を開く。
「報告?そんなもの頼んだ覚えなどないが?」
「まあまあ。旧知の仲だし報告は大事だろう。もちろん、開催予定の集会でも発表はするけれどね」
「ならその時にしろ。帰れ」
眉間に凄まじい皺を寄せて、目も黒く変化し始めていた。
叶弥はそんな異変をすぐに感じとり、顔を上げて蒼を見た。
横顔からでも分かるほど、威圧や威嚇が感じ取れる。
「蒼?ねえ、蒼。落ち着いて?」
「……そうだな」
「その人間に言われたら大人しくなるんだね」
「黙れ」
困り果てた顔で2人のやり取りを見守る叶弥と、叶弥から一切視線を外さない陽楽。
氷と炎はそんな陽楽の同行を窺っている。
「もう分かっているだろうけれど、私はこの陽楽という人間を引き取ることにしたんだ」
「そうか。人間嫌いのお前がよくもまあ、人間と暮らそうなどと思ったものだな。何を企んでいる?」
吐き捨てるようにそう言い、紅を睨んだ。
そんな蒼に対して「おお、怖い怖い」と両手を上げて笑ったままの紅。
「別に、気が合ったから。それだけのことだよ。何か問題でもあるかい?」
「お前が人間と暮らそうがどうしようが構わないが、俺達に関わるな。目障りだ」
「そこの可愛らしい恋人さんと暮らしている君が、そんなこと言うのか」
蒼と紅の間に冷たい何かが走った。
叶弥はこの空間に対する恐怖と、紅に対する恐怖を覚えて、また俯いていた。
あの、優しい蒼を怒らせている紅という相手が、本当に腹立たしくて、初めて人を嫌いだと思った。
「叶弥ぁー俺と行こぉー?こんなとこ居たらいつかひどい目に合うよ。俺が幸せにするから、一緒に行こぉー?」
「いっ……陽楽痛い……!」
急に動いた陽楽は叶弥の手首をがっちりと掴み、無理矢理立たせようとした。
「止めてください。叶弥様に触らないでください」
「その様なことは私どもが許しません」
すぐに炎と氷が止めに入り、炎は陽楽を引き離し、氷が叶弥と陽楽の間に割って入った。
「これ以上居座るなら、俺は掟を破ってでもお前を殺す」
ゆらりと、蒼の周りを黒い影が覆う。
既に結膜の部分は真っ黒に染まっている。
「分かったよ。今日は元々報告に来ただけだからね。陽楽、帰ろうか」
「……うん。叶弥ぁー絶対迎えに来るから」
紅は陽楽と共に笑顔のまま屋敷を後にした。
残された蒼達4人はただ、沈黙に支配された居間でそれぞれが思考の渦に囚われていた。
「今日はお前達だけで食事を摂れ」
蒼は荒々しく立ち上がると、そのまま部屋を出ていってしまった。
叶弥は追い掛けることも出来ず、ただ呆然とその背中を見送った。
蒼はそのまま真っ直ぐに部屋へ向かった。
ソファチェアに座り、自分の目を手で覆う。
深く長い溜め息が口から零れ出た。
己の中にこんな激情があることを初めて知った。
今まで、他人がどうなろうとも、他人がどうしようとも、多少の関心も持てなかった。
例え、自分が巻き込まれていたとしても面倒なだけで、こんな激情が沸き上がることなんてなかった。
あくまで面倒な事に巻き込まれた、降りかかる火の粉は振り払えばいい、それだけのことだった。
込み上げてくる形容しがたい怒りに戸惑いさえ覚えてしまう。
炎や氷のことで何度か怒りを覚えたことは確かにあった。
2人を蔑まれた時も確かに怒りを覚えた。
今までにも多少の怒りや感情などはずっとあった。
静かな怒りなどは珍しくなかった。
けれど、今込み上げているものはそれさえも凌駕して、自身でさえ理解の及ばない怒りだ。
この激情をどう処理していいのか分からない。
永く生きてきて、こんなことは初めてだった。
思考を巡らせていると控えめなノック音がする。
ちらりとドアに目をやった。
「誰だ」
「あ、あの……蒼……」
叶弥だった。
小さくか細く自分の名を呼ぶ声。
その声を聞くと、先程の怒りとはまた違う激情が込み上げる。
今、顔を合わせたら壊してしまいそうなほどに。
「入るよ……?」
「……駄目だ。今日は部屋に帰れ」
頼むから入ってきてくれるなと。
少しだけ語気を強めて返した。
今は叶弥の顔を見られない、見てしまったら自分でも何をしてしまうのか分からない。
カチャ……キィ……。
そんな小さな音を立てて、ドアが開いた。
「叶弥。駄目だと言っただろう」
「やだ」
泣き出しそうな顔をしながら入ってきた叶弥は、拗ねたような声でそう言った。
「今の俺は何をするか分からない。頼むから帰れ」
「良いよ。蒼なら何をされてもいいし、殺されてもいい。僕はそれでもいいから側に痛いんだよ」
「……来い」
蒼は諦めたように目を閉じて手招きをする。
少しだけ嬉しそうな顔をして叶弥は蒼に飛び付いた。
首に手を回して、叶弥は蒼にしがみつく。
まるで離れたくないと言っているかの様だった。
「どうした叶弥。いつもより力が強いな」
「蒼が離れていっちゃいそうだったから……いやだったんだ。僕は死んでも離れたくなんてないのに……」
「……俺が離れることも、離すことも有り得ないだろう」
諭すように、安心させるように。
蒼は声を和らげて、叶弥の頭を撫でながら言った。
その言葉に嘘がないかと問われれば、ないわけではない。
事と次第によっては、有り得てしまうからだ。
ただ、そうだとしても手離したくないと、蒼は必ず思ってしまうだろう。
だから、その言葉に込めた想いは嘘ではない。
「蒼と離れなきゃいけなくなるくらいなら、僕は死んだ方がマシなんだよ。離れたくないんだ」
「……分かっている」
落ち着かせるように何度も何度も、頭を撫でた。
きっと、誰よりも不安を感じているのは叶弥だ。
急に訪ねてきて、紅と暮らすと長年の付き合いの陽楽に言われ、一緒に行こうと腕を掴まれ、蒼の様子もおかしい。
もしかすると、引き離されるのではないかと。
叶弥にとって何よりも、身を引き裂かれる程に苦しいのは、蒼と離れることで、蒼に捨てられることだ。
炎や氷と離れたくもない。
叶弥はここが本当に好きだ。
4人で暮らすこの環境が幸せで、好きだからこそ、今それが崩れそうで不安なのだ。
「大丈夫だ」
「本当に?」
「お前が離れたくないと願うなら、俺はそれを叶えてやるさ」
叶弥の幸せがそうであるなら、蒼は全力でそれを守らねばならない。
叶弥と、従者である炎と氷が穏やかで幸せに暮らせことが優先すべきことだ。
ならば、蒼はそれを叶えてやる以外に選択肢はない。
「……離れていっちゃやだよ」
「ああ。離れてなどいかないさ」
口でしか出来ない約束。
そこに確証など存在しない。
けれど叶弥はこの口約束に縋るしかない。
縋っていたい。
「……一緒に寝ていい?」
「どうせ駄目だと言ってもお前はここで寝るだろう」
「えへへ」
先程も駄目だと言うのに入ってきた叶弥が、駄目だと言って引き下がるわけはない。
蒼の方が先に折れ、叶弥を抱き上げてベッドに放った。
ギシ、と音を立てて蒼が上から覆い被さる。
「……手加減は出来そうにない」
何とか抑えていたものが、また込み上げてくる。
本当に叶弥を壊してしまいかねない。
「蒼になら壊されたい。ねえ、壊して良いよ」
ぷつりと音を立てて、自分の中の何かが切れた様な音がした。
「どうなっても知らないからな」
その低い蒼の声が合図だった。
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