アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
23にしおりをはさみました!
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
- しおりがはさまれています
-
23
-
光に襲われた。
ミズハは、そう思った。いや、そう感じた。
実際にはただ単に、社の扉を勢いよく開けて、暁丸が飛び出してきただけだったのだが。いや、異国より飛来した若き紅竜の化身の登場を、『ただ単に』というのもおかしな、というか、不遜な話か、と、ミズハは頭のどこかでチラリとそう思った。
「三日月なら寝てるぞ。三日たっても起きてこなかったら、起こしていいって言ってた」
挨拶も前置きも抜きで、暁丸はぶっきらぼうにそう言い放った。
「おまえら、三日月になんか用か?」
「お供え物を持ってまいりました」
ミズハは、なんとなく一同を代表してそうこたえた。
「お供え物? ああ、おまえら、あれ毎日持ってくるのか」
暁丸は、金色の瞳をパチクリとしばたたきながらそうつぶやいた。
「でも、三日月は寝てるから食えないぞ?」
暁丸は、無邪気な少年にしか見えない顔で、ヒョコリと首をかしげた。
「日持ちするものは、取っておいてくだされば三日月様がお目覚めになられた時にお召し上がりになられるでしょうし、日持ちのしないものは、暁丸様がお召し上がりくだされば、三日月様もお喜びになられると思います」
ミズハは、何かひどく微笑ましいような気持ちになりながらそうこたえた。
「食っていいのか?」
暁丸は、再び首をかしげた。
「ええ、もちろん」
ミズハはニコリと微笑み、竜の化身に向かって自分がひどく自然に微笑みかけていることに内心軽く驚いた。
「置いとくと腐るもんは、俺が食っちまえばいいってことか」
暁丸は軽くうなずきながら、ざるに乗せられた生の川魚を、ざると川魚の間に敷かれた笹の葉の上からヒョイとつまみあげ、そのまま躊躇なく口に突っ込み、ガリガリと噛み砕いてあっさりと飲み下してしまった。
「…………」
やはりこういうところは、人間と少し違うなあ、と、ミズハはしみじみ思った。
「あいつ、もっと太らせねえと」
暁丸は唐突にそうつぶやいた。
「え? 誰のことをおっしゃってらっしゃるんですか?」
「三日月のこと」
暁丸は、こいつはなんでそんな当然のことを聞くんだ、と言いたげな顔で、それでも律儀にそうこたえた。
「あいつ、俺の一物や俺の精を受けとめるには、体が蓄えてる力がまだまだ足りなすぎるんだ。だから、ゆうべ抱いたらヘロヘロにへばっちまった。だから、俺、三日月をもっと太らせねえと。雌の体が充実してねえと、いい卵は産まれてこねえからな」
「は、はあ……」
ミズハは目を白黒させた。自分の周囲で村の者達が、自分と同じかそれ以上に、周章狼狽している気配がひしひしと伝わってくる。
そもそも、白蛇神三日月は、ミズハの住む小望月村の守り神、もしくは土地神のような存在で、そのおっとりと穏やかで優しい気性や、その月光が変じたかのような純白の髪や白絹よりもなめらかな肌、深く澄み渡った緋色の瞳や、つつましやかで大人しげなその整った顔は、村の者達皆に好かれていた。ほのかな恋心めいたものを抱いている村の者もいるということを、ミズハは、いや、村の者達は皆、よく知っていた。
だが、三日月があまりにも、村の者達『皆』に慕われていたがゆえに、村ではずっと、それこそ、ミズハが産まれるずっと以前から、三日月様に関しては全員『抜け駆け禁止』とでもいうべき暗黙の了解が、この小望月村にはあった。
だが、ある意味至極当然のことながら、そんな小望月村の『暗黙の了解』など、異国より飛来せし、傍若無人にして強力無比な若き紅竜にとっては、それこそ心底知ったことではない、というか、そもそもそんなことを知っているはずもなく、知るすべもまた、全くありはしなかったのだ。
「三日月、卵が好きだって言ってた」
お供え物の中から、藁苞に入れられた卵をヒョイと取り上げながら、暁丸は思案気に首をかしげた。
「卵だったら、三日くらい持つか?」
「別に、今お召し上がりになられても、私達、大抵毎日卵を持ってまいりますよ」
ミズハは、思わず口をはさんだ。
「そっか」
暁丸は軽くうなずくと、ガバリと口を開け、ツルリと卵を飲み込んだ。
「おまえら、三日月のことが好きなんだな」
不意に、暁丸の金の瞳にまっすぐに見据えられ、ミズハはわけもなく動揺した。
「でも、あれは、俺の番いだからな! あいつは、俺の番いだ! 俺の雌だ! 俺のガキのおふくろだ!」
ミズハの、いや、誰の返事も待つことなく、暁丸は大きく胸をはり、この上なく誇らしげに、そしてまた、この上なく傲慢にそう言い放った。
「三日月は、俺のもんだ! まあ、三日月もおまえらのことが好きだから、俺は我慢してやるけど、それでもあいつは俺のもんだ! だからおまえら――」
暁丸は、ミズハをはじめとする村人達をグルリと見回し、至極当然のことを言い渡す口調で無造作に言った。
「これからは、そのつもりでいろ」
「…………」
ミズハの、いや、村人達の、いや、この世の誰の返事も反応も、毫も気にせぬ暁丸のその様子に、『嫉妬心』だの、『対抗心』だのという感情は、同種間、少なくとも、最低限同じ土俵の上に立てる存在どうしの間にしか成り立たない感情なのだということを、ミズハは心底から、深く思い知っていた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
23 / 45