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42にしおりをはさみました!
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あ、抱っこしたい、と、ミズハは思った。
なんとまあ、丸々として、プクプクとして、モチモチムチムチとしていて、血色のよい、機嫌のよい、元気で愛想のいい赤ん坊なのだろう。
「この子の名は、朝日、というんだ」
三日月がそう言うのを聞いて、ミズハをはじめとした村人達はフンニャリと相好を崩した。
「……うぁ、うぁ、うぁ、うぁ?」
「たくさん人がいるからびっくりしたかい、朝日? 小望月村のみんなだよ。みんな、おまえが産まれたことを、とても喜んでくれているよ」
「あぷー」
「そうだねえ、うれしいねえ」
三日月はそう言いながら、興味津々、といった顔で小望月村の人々を眺めまわしている朝日に愛しげに頬ずりした。
「三日月、おまえ、朝日が何言ってるのかわかるのか?」
朝日を抱いた三日月の傍らで、いささか所在なさげにたたずんでいた暁丸が、驚いたように目を見張って真顔でそうたずねた。
「うん、まあ、だいたいそんな感じなんだろうな、と思って」
三日月もまた、真顔でそうこたえながら、自分の腕の中から身を乗り出そうとする朝日をヒョイと抱きなおした。
「朝日は元気だねえ。それとも、私の抱き方が下手で落ち着かないのかな?」
「そんなことはないと思いますよ」
という声が、村人達の中から次々に上がる。三日月はそれを聞いて、うれしそうにニコニコと笑った。
「そうかな? ありがとう。そう言ってもらえるとうれしいよ」
「あはは! あは、あは!」
三日月が笑ったのがうれしかったのか、朝日もまた、甲高く舌足らずな、いかにも赤ん坊らしい声を上げて楽しげに笑った。
「朝日、なんで笑ったんだ?」
暁丸がまた、真顔でたずねた。
「私が笑ったのがうれしかったんじゃないかな?」
三日月も、再び真顔でこたえた。
「ふーん、そっか。それじゃ、俺とおんなじだな!」
そう言って朝日の頭を撫でながら、暁丸はニッカリと笑った。
ああ、凄く仲がいいんだなあ、と、ミズハは素直に思った。
村の者達の大半は、ミズハと同じように思っていることだろう。
「私達も、三日月様が笑ってくださるとうれしいですよ」
ミズハは自然とそう告げていた。周りから、賛同の声とうなずきとが起こる。
「ありがとう。私は本当に幸せ者だ」
三日月は、顔一杯に晴れやかで誇らしげな笑みを浮かべた。
「あはっ、あはっ、あはっ!!」
三日月が笑うと、朝日も笑う。
それがよくわかったミズハも、村人達も、そして暁丸も、いっせいに大きく笑った。
それを最初に口にしたのは、いったい誰だったのか。
別に誰だってかまわなかった。
それは、誰からともなく、どこからともなく沸き起こった。
それは、とてものどかな言葉。
普通の人間でしかない村人達の口から出た、とてものどかな、危機感に欠けた、ひどくおめでたい、などと、第三者からは言われてしまうような言葉。
村人達は、白い蛇神と紅い竜との子供を見て、口々にこう歓声を上げたのだ.
「ああ、可愛い。なんてお可愛らしい。ねえ、三日月様に暁丸様、私達にもどうか、朝日様を抱っこさせては下さいませんか?」
――と。
三日月は、ニコニコしながらうなずいた。暁丸は、幾分きょとんとした顔で、それでも素直にうなずいた。
「ああ、もちろん。そうしてくれると、私もとてもうれしいよ」
「俺は、まあ、三日月ほどはうれしくねえけど、それでも別に嫌じゃねえよ。おまえらの好きにすりゃいい。こいつも別に、嫌がりゃしねえだろ」
朝日のほっぺたをムニムニとつまみながら、暁丸はそう言った。朝日が、
「ぷぅ!」
というような声を上げて、三日月の腕の中で身をよじる。
「暁丸、朝日の嫌がることをしちゃ駄目だよ」
「あー、うん、ごめん。なんか、触り心地がよさそうでさー」
「まあ、それは確かにそうだけど、でも、ほら、朝日怒ってるよ?」
「うー、ごめんなー、朝日。ほら、父ちゃんにおんなじことしていいぞ?」
と言いながら、朝日に自分のほっぺたを差し出した暁丸は、朝日の小さな手に容赦なくほっぺたをわしづかみにされて、
「あだだだだ! け、けっこう痛え!」
と悲鳴を上げる。
そんなやりとりを見て、村人達の間から好意的な笑いが起こった。
「三日月ー、なんか、みんな笑ってるぞ?」
「君達がとても可愛いから、みんなうれしくなっちゃって笑っているんだよ」
「へ? そうなのか、おまえら?」
と、きょとんと村人達を見回す暁丸に、村人達がニコニコと笑いながらうなずきを返す。
「ふーん、そっか。おまえら変わってるんだな」
「別に、そんなに変わってもいないと思うけどね。少なくとも、人間の基準からすれば」
「俺、人間の基準ってよくわかんねえからなあ」
暁丸は真顔で言った。
「まあ、おいおいわかるようになればいいさ」
「わかるようになるかなあ?」
「きっとなるよ」
「ふーん、そういうもんか」
暁丸は素直にうなずいた。
「さ、行っておいで、朝日」
「あだー」
「抱っこするのはいいけど、あんまり朝日を刺激しないようにしたほうがいいよ。君達が危ないからね」
三日月は真剣な顔でそういうと、村の老婆の細い腕の中に、むっちりもっちりとしてみっしりと重い、朝日のやわらかく小さな体をそっと託した。
「なあ、三日月、あいつの力は封じてあるんだよな?」
暁丸が、小首を傾げながらそうたずねた。
「まあ、もちろんそうしてはあるんだけど、それでも何しろ朝日は君の子――竜の子だから。不測の事態が起こりそうなことは、出来るだけ避けたほうがいいからね」
三日月は、視線で朝日の行方を追いながら穏やかにそうこたえた。
「おまえは優しいな、三日月」
暁丸はポツリと言った。
「私は、君のほうが優しいと思うよ、暁丸」
三日月は、そっと暁丸の肩を抱きながら静かに笑った。
「ああ――あの子はきっと、この村で生きることが出来るだろう」
村人達にあやされて機嫌よく笑っている朝日をうれしそうに眺めながら、三日月は暁丸にそうささやいた。
「だからね、暁丸。私達はいつか――あの子がもっと大きくなって、私達の間にもっと子供が産まれて、そして、この村の護りをあの子や、あの子の弟や妹や――ええと、君達竜のように両性を具有している同腹の子については、なんと呼べばいいんだろうね? 同胞、でいいのかな? とにかく、まあ、私達の子供達に、この村の護りを任せることが出来るようになったら――そうしたら――」
緋色のまなざしが、金色の瞳に優しくすべりこんだ。
「そうしたら、私達は連れだって、君の故郷への――君が産まれた場所への旅をすることも、出来るようになるかもしれないよ、暁丸」
「そいつはいいな」
暁丸はふわりと笑った。
「けど、俺、おまえといっしょなら、きっとどこにいたって幸せだと思う。一生故郷に帰れなくたって、一生おまえとこの村でずっと暮らすことになったって、それはそれで、俺はやっぱり幸せだろうと思う」
「ありがとう、暁丸。――けどね」
三日月は、どこかいたずらっぽくクスリと笑った。
「実をいうと、私自身が君といっしょに、旅というものをしてみたくてたまらないのだよ、うん」
「じゃあ、いつかいっしょに行こうな」
「ああ、いつかいっしょに、ね。その時は、君がいろいろと教えてくれ。なにしろ私は、君のように長い旅をしたことなど一度もないのだから」
「ああ、任せとけ」
三日月と暁丸は、にっこりと笑みかわした。
二人の間を流れる風には、朝日の笑い声が混ざり込んでいた。
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