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mar.25.2017 二人の朝食
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「やっぱりだまされた。今年もね、毎年同じ事言っている気がするけれど。」
アツアツの味噌汁を口にしながら理は窓に視線を送った。毎年騙されるのはたぶん北海道民全員だろう。3月半ばをすぎ、明らかに太陽が変わり空気から冷たい棘が抜け始める。雪が消え、路面が乾き埃っぽくなる。春が来た、もうすぐ花は蕾を持ち始め緑の面積が大きくなっていくぞと確信・・・そして裏切られる。そのまま春になることはなく雪が降ってまた道路が白くなる日が絶対来るのだ。金曜日の朝カーテンを開けると、窓の外は一面の銀世界だった。積雪という春に似つかわしくない景色。
「でも味噌汁が美味しくいただけると思えば許せるかな。」
「暑くなったらやめるか?」
「いやです、止めるの禁止。」
今年になってから朝食は和食になった。これは村崎の受け売りではないし、俺が真似したわけでもない。正月に理の実家にお邪魔したときに紗江さんが「煮炊きって経験値よね。なかなか母さんの味にならなくて。でも絶対ものにしてやるわよ。」と言った。
なるほど経験値か。俺に一番足りていない要素だから場数を踏むことに決めた。
ご飯と味噌汁、常備菜と卵料理の何かと焼き魚。常備菜のレパートリーが少ないのでこれから増やしていくつもりだ。村崎に聞いたり、常備菜の料理本を買って試行錯誤中。
もともと白飯派の理は大喜びだ。理の顔を見れば俺だって嬉しいので、二人の朝食はいいことだらけ。
「この「まもちゃんふりかけ」最高だな。」
「そのネーミングは毎回聞くたびゾワっとする。」
「そうか?子供も好きな味じゃないかな。綾子が「まもちゃんふりかけがいい!」なんて言ったらかわいいじゃないか。それに綾子に何て呼ばせるつもりだよ。まもちゃんあたりが妥当じゃないか。」
まもちゃん・・・馴染めそうにない。
「ふりかけが手作りできるとはね。」
「面白いこと言うな。そもそも誰かかが作ったから商品化されているわけだし。そう言われたら「手作り」を堂々と宣伝文句に入れるってことは、それだけ手作りではないものがあるってことになるのか。」
「そういうこと。SABUROで売ろうか?「まもちゃんふりかけ」
衛が作ったってPOP貼るだけで飛ぶように売れると思わない?」
「・・・まさかそんな計画があるとか?まもちゃんは嫌だ!」
「計画なんかないよ。ん・・・じゃあ「男前ふりかけ」にする?」
「計画がないならネーミングはいらないだろう。理が言うと冗談に聞こえないから、止めてくれ。」
理はニヤっと笑って何も言わなかった。パスタソースやドレッシングを店内販売しよう、そんなことを言い出すだろうと予想はしていたが、ふりかけ?冗談だろう・・・軽い思いつきということにしておく。
売り物にしていいレベルではない。そもそも勿体ないがスタートのふりかけだ。毎朝一番出汁を引くのは少々面倒くさいが顆粒だしを使うのは嫌だった。そこで寝る前に鍋に昆布とニボシを入れる。それを出汁にして味噌汁にするが、取り出した昆布とニボシは十分食べられるし味が残っている。ニボシはバットに並べて冷蔵庫で乾燥したあと砕く。昆布は3mm角の大きさに切る。何日か分溜まったらフライパンで軽く炒めて酒と醤油と砂糖で味付け。胡麻と鰹節を加えれば立派なふりかけになる。ごはんだけではなくざるそばやざるうどん、もちろん冷ややっこにもバッチリ。何かと便利な一品で、理はこれがお気に入りだ。「まもちゃんふりかけ」なんて言い出すくらいに。
「夜にワインのみながらグリッシーニやパンを食べてただろ?でもこの朝ごはんになったら「朝起きればご飯がある。」と思えるから食べなくてもよくなった。チーズや枝豆で充分だよね。夜に食べるのは褒められたことじゃないから、体にもいいはず。なんとなく体調がいい気がするし。」
「それはあるな。」
「衛は手間が増えちゃっただろうけど、俺はありがたいよ。毎朝ありがとうな。」
「健康になるなら二人揃ってがいいからな。手間ではないし、紗江さんに「腕を上げたわね。」と言ってもらいたいから。」
「なんだよ~モチベーションはねえちゃんかよ。」
俺はわざと理の顔をまじまじと見つめてやった。なんだよ?という表情が少しずつ変わりはじめ、だんだん赤くなる。
「なに見てるんだよ!」
「紗江さんの為じゃない、あくまでも理の為だ。」
「うわあ!もう!何なの、朝っぱらから。無駄に男前!」
俺は「あははは。」と笑いながら理のごはんの上にふりかけを乗せてやった。
「照れる!顔も赤いし。」
「ありがとうって言ってくれたから。」
「そりゃ言うだろう。食べる事は全部衛におまかせ状態だぞ?俺にはどう頑張っても出来ないしね。作ってもらえば感謝するのが当たり前じゃんか。」
「それはそうだけど。世の中には「美味しかった」「ご馳走様」「ありがとう」を言わない人だっているだろうし、その方が多いはずだ。」
「作ってもらって当たり前、でてきて当たり前って感覚?それどこからくるのかな、俺にはわからないよ。俺なんか一人暮らし時代の食生活思い出せないよ。本当に何を食べてたんだろうって。白ご飯と納豆は記憶にあるけどさ。記憶にあるのは金曜日に衛が作ってくれる美味しい晩御飯。もう少し皿関係が格好よかったら美味しさ倍増だったんだろうな。あの頃は器に力があるなんて知らなかったし。盛り付けで美味しさがUPするとかね。
・・・すごいな。」
「すごい?」
理が俺を見詰める。さっきのお返しか?
「そう、すごいよ。俺の身体って、衛でできているってことだ。俺を生かして体を作っているのは衛。それなのに「ありがとう」言わないなんて間違っているだろ?
俺って幸せ者だな~」
今度は俺が顔を赤くする番。
理の身体を俺が作っている・・・考えたこともなかったけれど、それはその通りだ。
毎日料理を作り、食べさせてくれる人に感謝をするべきだな・・・世の中の人は。
目の前にいる男は素直に言葉にしてくれる。それはとても気持ちがいい。
「理はちゃんと言葉にしてくれるから・・・いいな。」
「褒めてくれてありがとう。俺はクレームを言うぞ?恥ずかしい事を言うのは衛のほうが多い!」
「それを今持ち出すのか?なんだよ、今言おうか?理の身体を作っているということは・・・」
「うわ!うわ~~~!!!やめろ!俺のカラダとか衛が言うとイヤラしすぎる!」
「それは考えすぎだろ?何度でも言えるぞ、理の身体、理のカラダ、理のか・ら・だ。」
「うわ!やめろ!飯食って仕事行くぞ!これ以上言ったら今日一日「まもちゃん」と呼ぶからな!」
春を覆い隠した雪。そんな話題はいつの間にか消えた朝。俺達は言葉を失わず、相手に伝え、心を貰い二人で生きている。同じものを食べ、同じものを見て感じる。
少しずつ変わっていくこともあるだろう。でも二人の生活は変わらず続いていくに違いない。
俺達にはちゃんと言葉がある・・・から。
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