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december.11.2015 すずさんのちょっとした出逢い
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「年末ってほんと嫌になる。」
おもわず出た独り言。詰まりまくる案件に加え、年末年始の前倒し・・・いつにもまして仕事がたてこんでいる。そういえば、この時期は毎年そうなのだ。文句の一つや二つでたってしょうがない。
「盆と正月、GW、期末。全部嫌になる。そう考えると1年の間、俺達はけっこう嫌になっているってことだ。」
「そういわれれば、そうよね。」
「ガランとした家に帰る身じゃなくてよかったよ。」
「私だって帰ってくるの、けっこう遅いよ?」
「直美が帰っていなくてもいいんだ。男の一人暮らしの部屋とここは違うよ。全然違う。
さてと、いってきます。」
章吾は少しだけ微笑んだあと、仕事用の顔になって出掛けた。言わんとしている事はわかる。
帰ってきて電気がついていなくても、ここは人が住んでいる空気に覆われていて「あ~帰ってきた。」そう感じるから。
一人のほうが楽だと思うことも確かにあるけれど、一緒にいるほうが楽しい事は間違いない。
忙しさにかまけて、けっこう放っておいているのに、あんなふうに言ってくれる。
章吾は優しい男だと改めて思いながら、少し反省した。
◇◆◇
「正木、もうパンパン!切り替えついでにごはん食べてくる。次のアポは何時だっけ?」
「14:00です。もう13:00回ってますけど、ちゃんと帰ってきてくださいね。」
「正木がデキル男だったら、私はランチして昼寝もできるのに。帰ってこなくていい?」
「シャレにならない冗談は受けつけません。くだらない事言ってたら喰いっぱぐれますよ?」
最近、こいつは生意気だ。前より使えるようになったのはいいけど、それに比例して結構な口をきくようになっている。フニャフニャしているよりマシだけどね。
どんどん頭を叩く、それでも伸びてくる正木を相手にしていると自分まで意欲がわいてくるから、そういう意味でも使えるのよね、正木。
コイツの言うとおり、ランチタイムにギリギリだわ。
そうだ電話で注文しておけばいい。
スマホ片手に急ぎ足でオフィスを後にした。
「ふう~。」
「すずさん、あと1分!ナイスタイミング~。」
ああ、実巳君。君は私の癒しだわ・・・。
ランチの時間も後半戦。大方の人間はもう午後の仕事にとりかかっている時間だから、店内はすいていた。カウンターには私の他に一人。12:00すぎにここに来たら、この場所に座ることはできない。
「お待ちどうさま。エゾシカのラグーです。」
「うう~~ん。いい香り。」
なんとなくカウンターのお一人様を見ると、彼女もラグーを食べていた。浮かべる笑顔がこのパスタの味の確かさを物語っている。でしょ?おいしいのよ、これ。
ゆっくりもしていられない、よく味わいつつもテキパキ食べなくちゃいけない。いつもどおりの美味しさに胃袋がキュウっとする。
この皿を前にすると、ついつい集中してしまうのよね。すっかりこのパスタの虜。
ひたすらモグモグして完食するのと、もう一人のお客さんが食べ終わるのが同時だった。
なんだかちょっと恥ずかしい。
「実巳君、デザートはナシでコーヒーだけにしておこうかな。」
「ほい。」
空いたお皿が下げられてコーヒーが置かれる。ああ~本気でこのまま帰りたい!
「おいしかったです。」
お皿をさげるトア君に言った言葉のイントネーションは関西のものだった。
なんとなくカウンターに隣合わせた勝手な親近感で聞いてしまう。
「ご旅行ですか?」
「え?」
「ああ、ごめんなさいね。関西の方かなって思って。偶然にこのお店を選んだとしたら大正解です。
エゾシカのラグーは最高だからメニューのチョイスもバッチリです。」
「おいしかったです、ほんとに。私今月誕生日なんですよね。主人が出張で札幌に行くことになったので便乗してついてきちゃって。子供は親にまかせて、久しぶりにお一人様を満喫です。」
「それはおめでとうございます。」
「なんだか照れますね~。誕生日を祝うような歳でもないのに。」
「なにを言いますか、私よりずっと若いですよ。それに誕生日は自分がこの世に生まれてきたことを感謝する日だと思っています。いくつになっても大事な日ですよ。」
「・・・ですね。」
LCCを利用すれば高速バスみたいな金額で関空に飛べる時代だ。出張先で仕事をしている旦那さんがいない昼間を一人で過ごす。奥さんやお母さんを毎日続けるのは大変だろう。章吾一人でさえ時に面倒になる私には無理だ。
奥さんでもお母さんでもない「自分」」だけの時間、楽しんでくれるといいなと思う。
「ちょっと聞こえちゃったんで。」
実巳君はセットのデザートのパンケーキじゃない小さなココットを彼女にだした。
「夜のコースのデザートのクリームブリュレです。予備をまわしちゃいます。お誕生日のプレゼントにしてはあまりにささやかですが、どうぞ。」
「ええ~!!」
でた・・・人タラシの実巳君。こういうことできるのに、何故彼女がいないの?不思議すぎる!
「私にはくれないの?実巳君。」
「あげませ~~ん。皆にあげたらプレゼントにならないでしょ?おめでとうの権利はお誕生日の人だけですから。」
実巳君はビシっと人差し指を顔の前にたてて横に揺らせた。私にはフンって顔をしたくせに、彼女にはニッコリ。人タラシの上塗りじゃないの、もう!
その後はSABUROスタッフ全員が「おめでとうございます。」を言いにきたから、彼女の顔は真っ赤に染まって嬉しそうな笑顔がこぼれていた。喜んでいる人の顔はいい、それにかわいい。
「いい男さん達にチヤホヤされるのって気持ちいいでしょ?これをエネルギーにして夜は旦那さんの奥さんに戻ってあげてくださいね。」
「なにいわはるんですか~!はずかし。」
「なんだか可愛いから失礼を承知で言っちゃいました。それじゃお先です。」
彼女は笑顔で手を振ってくれた。
店をでてオフィスに向かって歩きながら思い浮かべたのは章吾の顔。
時間がない、忙しいと愚痴ってばかりの私の話しを聞いてくれる。時間がないと文句をいうなら、時間をつくればいい、私はそう正木に言っているのに、自分が実践できていなかった。
彼女のように、出張についていったっていいわけだし、スケジュールを合せて出張先で待ち合わせをすることだってできる。
すれ違ってばかりだとションボリするくらいなら、自分でなんとかすればいい。
ああ!!まだまだね!私!
たまにはお弁当でもつくってみようかな。忙しくてもいつでも食べられるから便利だし。
もちろん二つつくって章吾に渡そう。
きっと朝からびっくりするに決まってる!
章吾の顔を想像して頬がゆるむ自分が可愛くなった。
そうね、時に可愛い所をみせておかないと、飽きられちゃうわ!
さて、お弁当には何をいれようかしら?
なんだか午後の仕事がうまくいくような気がして、スキップでもしたい気分。
カウンターに隣合わせた彼女に感謝しなくっちゃ。
ぶーたれていないで、章吾に笑顔を見せてあげよう。
きっと、とびきりの笑顔が返ってくるはず。
そうやって12月を乗り切ればいい。
いつもより楽しい12月になるかもね!
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