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48.Catch and Keep 《side:Rika》
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触れられているところから、薄汚れた熱が体内に巡っていく錯覚を覚える。彼女は過去に何度、こうして獲物を捕らえてきたのだろうか。おそらく片手……もしかしたら両の手では足りない数かもしれない。
そう思えるほどに彼女の醸し出す雰囲気は甘く、言葉だけでなく全身で誘う。
理性に隠された本質的なものに、直接触れてくる人。片時も外れることのない蛇光さんの視線は、善も悪も関係なく求める物に手を伸ばせと言っているかのようだった。
「蛇光さん」
頭の片隅を微かに痺れさせながら、触れられている自分の腕を注視する。そこから燃えるように広がる熱は、慧君が与えてくれるものとは違った。
「結婚式でスピーチをするのなら、英会話に通った方がいいですよ」
「でも、あたし人見知りだから……知らない人ってなんだか怖くて」
「それに仮に俺が教えるとしたら、時間も場所も限られてくる。成果が出るかの保証が出来ないのに、安請け合いは失礼になるでしょう」
同じマンションの住人。それは近いようでとても遠く、はっきり言って赤の他人だ。そんな相手のために割く時間など1秒たりとも持ち合わせていない。
「獅子原さんに教えてもらいたいのに……」
彼女は悲しそうに眉を顰め、瞼を閉ざす。俺の腕を掴むのとは反対の手を宛がった口元は、少し噛み締めて唇が歪んでいた。
こんなものは演技だ。分かっているのに彼女が触れているところから痺れが走る。容赦なく身体中の血液を熱していく。
恋は駆け引きとはよく言ったもので、肝心なのは先に捕らえるのはどちらか、だ。そうして、過ぎ去った記憶の中から駆け引きの方法が蘇ってくる。
そして。息を吐いてどう切り抜けるか思案する俺に、蛇光さんが距離を詰めてきた。
「獅子原さんさえ良ければ、あたしの家でも大丈夫です。それに時間だって何時でも。だって家にはあたし1人だけだから」
「…………家、ですか」
「あたしと獅子原さんの他には誰もいません。あたし達2人だけの秘密。これなら問題ないでしょう?」
その目で、その声で。その仕草とその体温で。全身を使って獲物を捕食しようとする彼女は、まさしく蛇だった。
全てを丸呑みし、自分の中に取り込もうとする。
淡い桜色の唇で隠した牙を剥き、まつ毛の奥に潜めた目を光らせて自分の住処へと誘う。
「あたしは相手が獅子原さんなら……」
「蛇光さんは意外と聞き分けが悪いんですね」
「こんなの初めてなんです。自分でもびっくりするぐらい」
「……男って単純だから、勘違いしちゃいますよ」
彼女に目をつけられたのが慧君でなくて良かった。そう思う本当の意味を知ったら、慧君は怒るだろう。もしかしたら泣くかもしれない。でもきっと最後には『これで良かった』と思ってくれるだろうから。
「勘違いしてください。獅子原さんだって秘密、好きでしょ?」
ごめんね慧君。
これから傷つけるかもしれない恋人に心で謝って、彼女に微笑み、そして返事をする。
「好きですよ、すごく」
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