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85.前哨戦《side:Rika》
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* * *
気を飛ばした慧を横抱きにし、その呼吸が整ったことに安堵の息を吐く。苦しそうに身体を折る慧を咄嗟に抱え込んでしまったけれど、その対応が間違っていなくて良かった。
幸いにも慧が吐き戻したモノは少量で、周りを汚さずに済んだ。受け止めたシャツは洗えば済む話だろうけれど、今後この服を見る度に慧が傷つくのは想像に容易だ。バレる前に捨ててしまうのが最善だろう。
……と、そこまでを考えて思考を一旦止める。頭を振って気分を改めないと、いつまでも慧のことばかりを気にしてしまう自分がいた。
でも今はそれどころじゃない。周囲をぐるりと見渡し、桃に視線を合わせる。
「桃。俺のスマホ、そこに転がしてあるから拾ってくれ」
「……いいけど。それより、お前どこから見てた?」
「どこからって何が?」
あえて訊ね返すと、桃は苦々しげに顔を歪める。
「連絡してから来るのがあまりにも早すぎるし、車もない。って事は、あらかじめ既に帰って来ていたって考えるのが筋だろうが」
言い逃れなどさせてくれないような、断定的な言い方。よほど怒っているのがわかる桃に、思わず苦笑いが出てしまう。
「桃。それ言っちゃったら俺とお前が繋がってるのがバレるだろ。まぁ……もういいか」
「もういいなら答えろ」
「元々、今日は午前中で早退するつもりだったから。慧の調子が悪そうなのは今朝気づいていたしな。部屋に戻れば慧はいないし、そうしたら桃から連絡が来るし……自分でもタイミングが良すぎて驚いた」
苦笑いを微笑みに変え、慧の頬を撫でる。すると桃の纏う雰囲気がいくらか柔らかくなった。
でもそれは、ある人物を見たことで鋭さを取り戻す。
「ほら、やっぱり2人は仲良かったんですね!」
空気を読まない声と言葉。同時に蛇光さんを見た俺と桃は、またも同時にため息をついた。
「なぁリカ。どうすんの、コレ」
「どうしようか?」
「いい加減にしてくれないと、このキャラ疲れるんだよ。それに慧君にも悪いし」
「その喋り方に慧君、ねぇ。懐かしいな、桃の男版」
「うるさい。誰の為に我慢してると思って……」
「分かった、分かった。もう元に戻していいから、とりあえずスマホを拾ってくれよ。ほら、そこに転がしてあるだろ」
さすがに男を抱えながら屈むことはできず、そばに居た桃に再度頼む。人使いが荒いだの、何様だのと咎められはしたけれど、桃はすぐに行動に移した。
素直に拾ってくれ、この場から少し離れて立つ。振り返ったその目は俺ではなく蛇光さんを映す。
「あー……俺が手出し出来ないからって、余計なところは触るなよ。それ新しいのに替えたばかりなんだから」
「言われなくてもリカのプライベートに興味はないから。これ、貸し2つ分ね」
「2つ分って多くないか?」
「その説明不足な言葉を理解してやって、その通り行動してやってるんだから当然」
俺のスマホを振った桃が、口角だけを上げてニヤリと笑った。
彼女から発せられる一言一句を逃さないよう、録画状態にした俺のスマホを手にして。
彼女がとる言動の中で、つけこむ隙を逃さないように。
こういう時に大熊桃太郎の頭の良さを実感する。
正直、俺は桃を敵に回すと怖い。
「桃を怒らせると面倒なの忘れてたな」
息を吐くタイミングで独り言を落とし、吐いた分を吸い込んでから見るのは、完全に存在を無視された人物だ。
「こんにちは、蛇光さん」
どこまで踏み込んでいいかを考えながら、偽りの笑顔を送る。そろそろボロを出してくれたら楽なんだけれど、なかなか尻尾を掴ませない彼女と視線が合った。
さあ、まずは一回戦を始めようか。
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