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寄ってしまった皺を伸ばし、俺は問題集を胸に抱えた。口に出せない思いを募らせる俺に歩が話しかける。
「お前らさぁ…いつまでグダグダやってんだよ。やりたいこと見つけたんなら戻ったらいいのに」
「でもまだ離れてそんなに経ってないし…さすがに早過ぎるだろ」
言い返すと歩はすげぇ面倒臭そうな顔をして唸る。でも、俺は歩みたいに要領よく考えられない。
「早過ぎとかって誰が決めんの?自分たちが納得すりゃそれでいいじゃん」
どれだけって期間は決めてない。それは1ヶ月かもしれないし半年かも、それこそ卒業までかもしれない。
それでも、他人なんて関係ないって言えるほど俺は自分の選択に自信がなかった。
「だってもう限界じゃねぇかよ。お前はともかく兄貴が」
「リカちゃんが?」
「アイツ隠してるけど本当は寝てないだろ。すっげぇ疲れてるし顔色も悪いし」
学校で見るリカちゃんは前までと何も変わらない。厳しく注意するくせに優しく褒めて、時々俺様を発揮して…でも最後は「よくできました」って言ってくれる。
それは俺に対してだけじゃなく他のヤツに対しても同じだ。
俺には前となんの変わりもなく見えるリカちゃんなのに、歩は変だって言う。それがピンとこなくて首を傾げた。
「お前はいいよ。やることあって、それに集中してれば気は紛れるんだからな。でも兄貴は違う。
俺に対しても作り笑いするんだよ。弟なんだからすぐ気づくってのにバカじゃねぇの」
ポケットからタバコの箱を取り出した歩は中が空なのを確認し、手の中で握り潰す。
そしてその手を首の裏にあて、数回掻いた。
「見てて痛いんだよ、アイツ。前みたいにクソ寒いこと言って笑ってりゃいいのに…」
言葉では悪く言いながらも歩の顔はバカにしたそれではなく、ただ純粋に心配してるんだってわかった。
違う違うって言うくせに兄ちゃんが大好き過ぎる歩。俺に当たりが強くなるのも納得だ。
その兄貴を悩ませる元凶は俺。それを自覚してるから何も言えなくて黙る。すると歩は、歩しか知らないリカちゃんの今を教えてくれた。
「勉強教えてもらってる時とか死にそうな顔してる。死にそうな顔して、すっげぇ切ない目でアレ見つめてるわ」
「アレ?」
フッと笑った歩の方が切ない顔をしていた。
「ウサギのボールペン。お前が使ってるライオンとお揃いで買ったんだろ?」
それは数ヶ月前の懐かしい思い出。恥ずかしくてでも本当はすげぇ嬉しかった大切な思い出で大切な物。
「本物の代わりにでもしてんじゃねぇの」
鼻で笑った歩がポケットから震えるスマホを出した。軽く操作してすぐに元に戻す。
「桃さん家で兄貴と美馬さん飲んでるんだって。俺このまま向かうけどお前も行くか?」
その誘いに、さっき見たのは桃ちゃん家に向かう途中だったんだってわかった。飲むのに車で向かったってことは、このまま桃ちゃんの家に泊まるんだろう。
「行かない」
せっかくの誘いを断った俺に歩は「マジ頑固」と呆れて行ってしまった。歩なりにタイミングを作ってくれたんだってことぐらいわかってる。
でも、今はまだダメなんだ。
俺は意地で行かないんじゃない。今リカちゃんに会ったら絶対に泣いちゃう。
もうやだって泣きついて、頑張るから戻りたいって言っちゃう。
『頑張る』じゃダメなんだ『頑張ったな』って言ってもらわないと。
俺はリカちゃんに認めてもらえて初めて『ただいま』を言うんだ。
その為にはとりあえずテストが待ってる。これで結果を出して、今考えてることと、自分なりに決めたことをリカちゃんに言って。それで……俺は伝える。
リカちゃんがあの日俺に言ったことを今度は俺が言う。
誰かに頼るんじゃなく自分でタイミングを作らなきゃ。
俺専用の完璧すぎる問題集を胸に抱き、俺もその場を後にした。
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