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離れない指だから 3
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そこはジビエが評判の店で、各テーブルが半個室になっている。
アルを連れてきたのは初めてだ。
メニューを見てアルが驚いている。
「え~、ウサギを食べるの…?」
「そうだよ?」
「可愛いのに…無理!」
そんな反応をするアルの方が可愛い。
「じゃ、鹿にする? 熊もあるよ?」
「う~…」
本当にアルは見ていて飽きない。
結局、シェフのおすすめコースを頼んで、ワインも合わせて選んだ。
お祝いだから、グラスでシャンパンを持ってきてもらい乾杯する。
「アル、バカロレア合格おめでとう」
「ありがとう」
「乾杯」
「乾杯」
まだお酒は飲み慣れてないアルだが、どうだろう。
なるべく口当たりの良いものを選んだつもりだが…。
「おいしい」
アルが笑顔になる。
「それは良かった」
「びっくりした。これジュースみたい」
「こらこら、調子に乗って飲みすぎないでよ?」
やっぱりアルが笑ってると楽しいな。
いつでも笑顔でいてほしい。
僕はずっと彼を笑顔でいさせてあげられるだろうか?
完璧には無理だろう。
でも、できる限り守りたい。
アルと食事をしながら交わす会話は些細な話題でも飽きない。
彼の感性で見る世界は僕とは違うからだ。
他者が身近にいる。
違う感覚と考えを持った人間を100%理解するのは不可能だ。
だから嫌だという人も世の中にはいる。
でも僕は楽しいと思う。
もしかしたら、別の誰かだとそうは思わないのかもしれないが、アルに限って言えば面白い。
アルという他者が身近にいる。
僕は彼の存在を楽しいと、そして愛しいと思う。
家族になれて良かった。
だから、アルの不安は見過ごせない。
アルにも僕と家族になれて良かったと思わせてあげたい。
アルには僕がどれほど大切に思っているかを理解してほしい。
「で、アル、さっきの話の続きだけど」
「さっきの話?」
「うん、店に来る前の」
途端にアルの笑顔が強張る。
テーブルの上には手を付けたばかりのデザート。
合わせて選んだ紅茶はセイロン・ディンブラ。
その甘い香りと不釣り合いなアルの表情。
でも、僕は続けた。
「アル、初めて会った日のこと、覚えてる?」
「…うん」
「僕は今でもね、実は何で自分がアルを泊めたのか分からないんだ」
「!」
「でも、後悔なんてしてない。むしろ君を招いて本当に良かったと思ってる。あの日の自分に感謝してるよ」
僕はアルに内緒にしていたプレゼントを取り出した。
「アル、これは僕からのバカロレア合格のお祝い」
アルは不思議そうに小さな包みを受け取った。
「開けて」
アルがぎこちない手つきで包装を解いていく。
それを見ながら僕は続けた。
「アル、何も返せてないとか、世話になってばかりとか、焦らなくていい」
アルが箱を開け、ケースを取り出す。
「女性がふさわしいとか悲しいこと言わないで」
ケースを開けて、アルが驚く。
「アルは僕の生涯のパートナー、最愛の人なんだから」
アルが指輪と僕を交互に何度も見ている。
「…ミカ、これ…」
「プロポーズした時には用意してなかったからね、改めて」
にっこり笑って僕はアルの左手を取り
「つけさせて」
そして、薬指に指輪をはめた。
「アル、何度でも誓うよ。君を離さないし、離れない。アル、僕といて、ずっと」
アルは顔をくしゃくしゃにして頷いた。
涙を堪えているのだろう。
我慢しなくてもいいのに。
「アル、僕にもお願い」
もうひとつの箱をアルに渡した。
不思議そうな顔をしたアルに目線で促す。
アルがケースを開けると僕は左手を差し出した。
「ペアリングだよ」
僕が笑うとアルは顔を赤くして、ぎくしゃくと指輪を手に取ると僕の左手を取った。
「ミ、ミカ…」
「ん?」
「俺、めちゃくちゃ恥ずかしい」
「なんで?」
僕の薬指に指輪を通すアルが、とても緊張してるのが見て取れる。
それが可愛くて、つい笑ってしまう。
「だって、なんか結婚式みたい」
自分で言って、自分のセリフに照れて、ますます顔を赤くするアル。
「みたいじゃないよ。立派に指輪の交換だよ」
アルが着けてくれた指輪をした左手で、アルの左手を取る。
「ほら、お揃い。僕のものって印。アルのものって印。ずっと着けてて」
「あ、ありがと…」
「こちらこそ、ありがとう」
もちろん、これはアルとのマリッジリングだ。
でも、別な意味もある。
アルはこれから大学へ行く。
たくさんの誘惑に遭うだろう。
それを未然に防ぐため、つまり‘ちょっかい避け’だ。
そして、不安や動揺を覚えるたびにアルに思い起こしてほしいのだ。
指輪を着け合った時のことを。
もちろん、こんな理由は今は内緒だ。
指輪の効果なんて卒業してから分かればいい。
それから、僕が会社では指輪を外すことはアルには内緒だ。
残念ながら、まだ公表はできない。
時機を見てそうするだろうが、今はまだその時ではないと判断している。
だからアルも卒業したら、一日中指輪をするのは休日だけになるはずだ。
でも、いずれは2人とも24時間指輪をしていられるようになろう。
それがいつかは分からないが、必ず。
だから、僕の車には指輪を通すための細いチェーンネックレスがある。
これもアルには内緒。
いずれは要らなくなるはずだから。
早くそんな日が来るといいな。
僕は目の前の、まだ頬に赤みを残す愛しい恋人を見ながら、そんなことを思った。
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