アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
信じる①
-
「佐伯さん」
2人でテレビを見ている最中に、突然名前を呼ばれる。時間は、昼を過ぎた辺りで、昼食は食べ終わっていた。
「はい」
いつも通りの他愛無い話だろうと俺が返信を返すと、一ノ瀬くんはとりわけ変わった口調でもなく言った。
「…お預けは、今日もらっていいんですよね」
(……お預け?)
しかし俺は、そのお預けというワードに首を傾げる。昨日は昨日で精一杯だったから、そんな話があったのかもあやふやで覚えていなかった。
そもそも何をされるのかも分からないし、俺は曖昧に頷く他ない。
「キス、ですか……?」
前にやられたことの延長だろうかと思い、問い掛けると、一ノ瀬くんは小さく笑った。
笑われたことの今が理解出来なくて、俺はクエスチョンマークを浮かべる。
「佐伯さん、無自覚に酷いですよね」
「どういうことですか」
一ノ瀬くんの視線は俺を捕らえて、俺の髪に手を触れてから、次第に頬にまで手が伸びてくる。
俺はビクリとして、肩を跳ねさせた。
「…俺があの時、キスで止めると思いましたか」
何が、言いたいのか。
一ノ瀬くんの声色は、なぜか優しくて。
それは、じわりじわりと追い詰められるような感覚になる。
「そんなの……」
一ノ瀬くんに服を脱がされそうになったんだ。そう思わない訳が無い。
だけど、思わなかった、なんてはっきり言うのも嫌で、俺は言葉に詰まらせた。一ノ瀬くんに触れられる手のひらにも、鼓動が忙しなく鳴って止まない。
「ここまでお預けを食らったのに、キスで終わらせるなんて有り得ませんから」
「待っ……」
そう言った一ノ瀬くんに押し倒されそうになったが、俺は何とか後ろに肘を付いて持ち堪える。
「い、嫌です……!」
咄嗟に発してしまった言葉は、そんなこと。
慌てて口を噤むが、一ノ瀬くんは表情を変えなかった。
嫌だなんて言ったら、そんなの一ノ瀬くんが傷付くに決まっている。
「佐伯さん」
「違うんです……」
先の言葉を止めるように、俺は口を開いた。
何に対して違うと言っているのか、自分でも分からない。
分からないけど、このまま黙っている訳にもいかなかったから。
「……だって、この前やったばっかりですし……こんな明るい時になんて、絶対無理です……」
苦し紛れにそう言うと、一ノ瀬くんは何か堪え切れないとでも言うように笑った。
また笑われて、やっぱり俺にはその理由が理解出来ない。
「すみません。そんな身構える必要無いですよ。嫌な時はそう言ってもらって構わないので、気負わなくても大丈夫です」
「でも……」
そう気を遣われると、余計に申し訳無くなってくる。
きっと、俺がやりたくないだなんて言ったら、一ノ瀬くんはそうしてくれるのだろうけど、それでは一ノ瀬くんに我慢ばかりさせてしまう。
触れてもいい。
一ノ瀬くんに触れられることに慣れたいから。
そう言ったのは俺なのに。
だから俺は、恐怖も不安も一切を胸の中に押し込み、震えそうになる声も抑えた。
「…大丈夫です……夜、なら…大丈夫……」
絞り出すような声では、完全に感情を押さえ込むことは出来ない。
(…駄目だな……)
こんなのじゃ、俺が無理して言っていると思われる。そうしたら一ノ瀬くんは、無理しなくてもいいと、俺の気持ちを優先させてしまうのだろう。
それでは意味が無い。
何もかもが俺の我儘じゃ駄目なんだ。
その前に、全て丸め込むしかない。
「……佐伯さん?」
俺は、上体を起こすと同時に、一ノ瀬くんへと抱き付いた。勿論、俺なんかの力じゃ一ノ瀬くんを後ろに倒せる訳なんか無くて、しっかりと身体を受け止められる。
表情は見られたくなくて、顔は一ノ瀬くんの肩に沈めた。
「俺、頑張れますから……」
それは、自分でも心配になる程、消え入りそうな声で。ちゃんと一ノ瀬くんに届いていたのかは分からない。
ただ、一ノ瀬くんに抱き締められていることが、すごく心地良かったんだ。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
164 / 331