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大通りを一つ曲がって、桜並木に入ったところで浅黄(あさぎ)は空を見上げた。
まだ3時半だというのに夕方のようにあたりは暗い。
どんよりと曇った灰色の空は、彼の心そのままだった。
彼は、今朝、電話の呼び出し音で目が覚めた。
聞き覚えのある男の声が、事務的に綾倉氏からの用件を伝えた。
浅黄は半分眠ったままの頭で、言われるままにメモを取った。
電話を切って、時計を見た。12時を少し回っていた。
朝というには遅すぎたが、指定された3時までにはまだ大分あった。
彼はベッドから出ると、シャツとスーツに袖を通して鏡の前に立った。
髪はぼさぼさで、寝起きのせいかやや目が腫れていた。
シャワーを浴びてから、もう一度鏡をのぞいたが、映った姿は相変わらず気に入らなかった。
髪の毛をあれこれいじり、ネクタイを何度も結びなおしたが、
どうしても外に出る気が起こらない格好だった。
いい加減、あきらめて家を出たときは、30分も予定を過ぎていた。
どう言い訳をしようかと考えながら、指定された家の前まで来ると、
番地をもう一度確認してインターフォンを押した。
出てきたのは、彼の予想を大幅に裏切った。
もちろん、綾倉氏自ら、彼のために玄関まで出てくるとは思っていなかったが、
いつも、むすっとしている秘書の藤原ではなく、
優男的な物腰の柔らかい男性が現れたのだ。
年はおそらく、30代前半といったところだろう。
左手薬指には結婚指輪をしている。
「入りなよ。30分の遅刻だよ」
浅黄がドアの前で戸惑っていると、彼は腕を取って浅黄を家の中に引き入れた。
居間には、綾倉氏が苦い顔をしてソファーに座っていた。
「お待ちかねがやっと来たよ」
男は浅黄を綾倉氏の隣に座らせると、自分は二人の正面に腰かけた。
綾倉氏の機嫌を損ねることを何とも思っていないようだった。
男は微笑を浮かべながら、綾倉氏が何か言うのを待っていたが、何も言う気配がないので、
今度は浅黄に向かって話しかけた。
「君は、ターナーは好き?イギリスの画家の話だけど」
「興味ありません」
「そう、前にここに来た子はとてもターナーが好きだったんだよ。
君が興味ないのはターナーに対して?
それとも、絵画に対して?」
浅黄がうなずいたのを見て、男は続けた。
「そうか、もしかしたら、君の部屋には1枚も絵がないのかな。それはひどい。
今度気に入ったのがあったら、君にプレゼントしよう」
浅黄はわけもわからず礼を言った。
「もう、帰りなさい。人を待たせているんだろ」
ようやく、綾倉氏が口を開いた。
「そんなに、邪魔にしなくてもいいじゃないか。ちょっと、今の相手を見てみたかっただけだよ。
追い出さなくても、すぐに出ていくよ」
男は立ち上がり、玄関に向かって二、三歩進んだが、ふと思い出したように振り返った。
「趣味が良くなったね。今度の相手はなかなかいいよ。
名前を聞いておこうかな。私は要(かなめ)。君は?浅黄?よろしく、浅黄」
要の姿が消えると、浅黄はソファーから離れてダイニングの椅子に移動した。
綾倉氏と同等の席に座っているのは、彼には居心地が悪かった。
綾倉氏は玄関まで要を送ると、元の席に戻って珍しく浅黄に事情を説明した。
「あいつは私の甥だ。頼まれて、うちの会社で使っているが、仕事もしないで遊んでばかりだ。
暇つぶしに絵を描くから、この家もアトリエに与えたっていうのに物置にしか使っていない。
困ったやつだ」
そういわれてみれば、部屋には絵がたくさん飾られている。
浅黄はなんとなく、暖炉の上の水彩画を気に入った。
要の肖像画だ。
彼の優しい雰囲気が、絵によく表現されていると思った。
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