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休憩2
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室内にキーボードの音が響いている。二都はキーボードを打つのをやめ、眉間を揉んだ。画面の見すぎのせいか、少し目の奥が痛い。そろそろ昼休憩の時間でもある。
時計が12時を知らせる。二都はおもむろに立ち上がり、人事部を後にした。
今日は妻に申し訳ないが、食欲がわかない。
広げた弁当箱を見つめ、綺麗に焼かれた卵焼きを箸でつついた。
先日やらかしたのは全面的に自分が悪いと思う。とはいえ、赦されたにもかかわらず腑に落ちない。卵焼きを箸でつまみ、口に放り込んだ。
「三守」
後ろで想い人の名を呼ぶ声がした。
振り返ると、一ノ瀬が三守の肩を叩いているところだった。
そんな何気ない場面を見るだけで、腹の底にどろどろとした感情が見え隠れする。誰も悪くないのだが、一ノ瀬にあたりがきつくなってしまうのもこれが原因であった。
ここまで冷静に分析できていながら、いざ本人を目の前にするとタガが外れてしまう。
あの時。なんでそう簡単に許せたのか。そこだけが気がかりだった。三守とは長い間ずっと一緒にいる。多少、人より詳しく知っていてもおかしくはない年月だ。
だけど。あの時の反応につながる経験の話を聞いたことがない。
そもそも、二都がαで三守がΩだと判定が出たあたりから話さなくなった。そのあたりなのかもしれない。今更埋められそうにない穴に、二都は下唇を少し噛んだ。
昔は昔、と切り捨てたはずだがどうにも引きずってしまう。悪い癖だ。
頭を切り替えて、仕事の事を考える。人事の仕事は難しい。パズルのようだ。
あの部署の誰々が不祥事を起こした—それだけで一個パズルがズレる。するとどうだろう。すべてズレていくのだ。そこが面倒だ。今年は誰も何もしなければいいが。
二都は弁当を食べ終わると、席を立ち、自販機へと向かった。無性に炭酸が飲みたかったのだ。
「うわ」
声に顔を上げると、眉間にしわを寄せた三守が立っていた。片手に数本のコーヒーを持っている。パシリか。
「パシリか」
「あ?違うから」
思ったことが口に出ていたことに後で気づいた。でも、三守はいつも通り挑発にのるかのように喧嘩腰で返事をした。警察官がそれはどうかと思うが。
「どう見てもそれにしか見えんな。」
「どうでもいいだろそんなこと。お前がここに来るなんて珍しいじゃないか」
「来たらダメなのか」
「誰もそんなこと言ってない。俺は来てほしくないけど」
「正直すぎるのもどうかと思うぞ」
お前にはこれぐらいがちょうどいい、と三守は鼻で笑った。
ふと、気づく。あの時から、後悔と嫌悪にさいなまれていた。いくら被害者自身が許したとはいえ、自分自身は許せない。また、普通に話してくれるだろうか。そればかり考えていた。
今はどうだろう。いつものような喧嘩腰の返事に皮肉で返す。会話ができている。その事実に少なからず二都は安堵した。
「仕事忙しそうだな」
「ん?それほどでもねーよ。今年は何事もなく人事ができそうだ」
「おー怖。お前と話すと、なんか知らない恨みでも買って左遷されそうだ」
「皆、同じことを言う。残念だったな。初めては速見だ」
「別にお前の初めてなんて果てしなくどうでもいいんだが。じゃ、俺戻るわ」
三守は両手に抱えたコーヒーを持ち直し、去っていった。
今、普通に話せていただろうか。
違和感はなかっただろうか。
向こうがあまりにも自然すぎて、あの時の事を忘れてしまっていた。
中高生じゃあるまいし、いつまでも引きずってるのは馬鹿らしいと自分でもわかっている。
だけれども。
なぜか、自分の中でずっとひっかかっていた。
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