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出店の立ち並ぶ所から少し離れた場所に、人の少ない穴場スポットがあると言うので、かき氷を片手にまた人波の中を歩く。
「なんで?なんでイチゴ?」
「なんでと言われましても…」
少しずつ人の数が減ってきた。
だんだんと喧騒が遠のき、いつしか二人分しか聞こえなくなった足音が砂利を踏む。
先ほどの河原から幾らか離れた土手に、並んで腰を下ろした。
土手の上には真っ直ぐな小道が続き、その片脇には桜の木がどこまでも立ち並んでいる。
まるでテレビドラマにでも出てきそうな美しい場所だった。
「あっちにちゃんと椅子とか並んだ花火見れる場所があってさ。その辺は人すごいんだけど、ここからなら落ち着いて見れるだろ?ちょっと遠いけど」
人ごみはあまり得意ではない。
人にぶつからないようにと気を付けているだけで疲れる。
「そうですね。遠くても人の少ない方がいいです」
「もしかして二人きりになりたかったりした?」
ニヤニヤとこちらを見てくる。
「……いえ、別に」
「デレが!秋月のデレが見たい!」
「…なに言ってるんですか」
背後から笑い声が聞こえてきた。
振り返る事はしないが、男女の話し声がする。
「カップルだ!浴衣のカップルだぞ秋月!」
「はぁ…そうですね」
緒方さんはなにがそんなに気になるのか、横目でチラチラと様子を伺っているようだ。
楽しそうなその声は、だんだんと遠くなっていった。
(…やっぱり緒方さんも、ああやって普通にしたいのかもしれない)
そうは思っても、堂々と人前で手を繋いで歩く男子高校生など見た事もないし、やはり普通の事ではないのだろう。
普通の恋人同士が出来る事を、自分は何一つ緒方さんに与える事が出来ない。
そもそも恋人同士というものは普段何をして過ごすものなのか、今だよく分かっていない。
口数も多くはない。
向けられた笑顔に上手く笑顔を返す事さえ出来ない。
こんな自分と一緒にいて、緒方さんは本当に楽しいのだろうか。
与えてくれる好意に甘えているだけで、思いを言葉にする事さえ出来ない自分は、何かを与える事が出来ているのだろうか。
隣でドサっと音がした。
音の方を見ると、なにやら緒方さんが置いてあった俺のスポーツバックの位置を変えている。
「…なにしてるんですか」
「ん?ちょっと待ってて」
そう言って立ち上がり、土手を駆け上がって行く。
しばらくその辺りをうろうろと歩き回り、また走って戻って来た。
「これで大丈夫!」
そう言ってにっと笑うと、また腰を下ろした。
そしておもむろに手を握ってきた。
「いや、緒方さん。だからここだと」
「大丈夫!確認したけどこうしとけば見えないから!」
二人の間に置かれたスポーツバック。
どうやらそれが壁となっているという事らしかった。
「秋月なんか寂しそうな顔してんなーって思って」
「…はい?」
「理由は分からないけど、でもこうしたら安心するだろ?」
そう言って優しく笑った。
きゅっと胸の奥が痛くなる。
(ああもう…なんでこの人は…)
なんでこんなにも分かってくれるのだろう。
「まぁそれもなんだけど…」
視線を前に移し、そうポツリと呟いた。
「さっき人がいっぱいいる所で、女の子がみんなお前を見てたから。コイツは俺のもんだぞって、俺が安心したかったの!」
繋いだ手にぎゅっと力が込められた。
気のせいだろうか。
少し赤くなった様に見える横顔。
温かい。
「緒方さん…」
「ん?」
「……かき氷溶けてます」
「ねぇっ!雰囲気!感じて!雰囲気を!」
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