アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
ちょっとだけ、昔の話(嵩原、錦戸編)
-
前任者の影は、あまりに大きい。
「錦戸…………………っ」
ある日、錦戸は、本部で嵩原から声をかけられる。
「は……………はい……………っ」
周りには、組員が20人程いただろうか?
幅のある階段から降りてきた嵩原を見上げ、誰もが何を言うのか興味を持った。
「お前…………………明日から、俺の右腕な」
「は…………………」
ザワッ…………………………
一気に辺りがざわついた。
錦戸が…………………親父の、右腕?
この時、錦戸27歳。
多くの組が集まる竜童会で、嵩原に拾われた錦戸は、嵩原直属の組員となっていた。
それなりに実績は積んで来ていたが、何せ前任者が、あの高橋。
比較にもならなかった。
「朝、ちゃんと迎えに来いや?待っとるからな」
何食わぬ顔でそれを言い、嵩原は去って行く。
「親………………父…………………っ」
そんな嵩原の背中を見つめ、錦戸は呆然と立ち竦む。
……………………………俺が。
「俺が…………………右腕……………………」
右腕。
嵩原に最も近い存在。
降りた高橋が恨みを買うように、錦戸は周囲の嫉妬の対象となる。
極道の世は、下克上。
そして、それは竜童会と言う馬鹿デカい組織の中でも、同じ。
いきなり、幹部クラスに名を連ねる形となった錦戸への風当たりは、相当厳しかった。
錦戸に、高橋の代わりは務まらん。
親父が苦労するだけや。
身の程知らず。
まるで、錦戸に聞こえるように、組員達の妬みは口をつき……………日に日に攻撃は、強くなっていった。
「…………………なんやと?もういっぺん言うてみい」
しかも、錦戸もまだ若い。
高橋の様な、冷静な対処が出来る大人にも、なりきれてはいなかった。
「何や、そのツラ」
顔に派手なアザを作り、嵩原を迎えに行く事もしょっ中。
「……………………すみません」
「謝るくらいやったら、殴られるような喧嘩すな。……………………情けねぇ」
それでも嵩原は、喧嘩の理由を聞きもしない。
ただ、一言。
「男やったら、上手い喧嘩をせえ」
上手い喧嘩。
俺は、親父やない………………そんな上手ういかへん。
憧れの嵩原の側に来れて、嬉しい。
でも錦戸の心は、いつも高橋の影に悩まされた。
何で、俺なんやろ………………………。
高橋に比べたら、全然役に立たない。
選ばれた理由もわからない錦戸には、毎日嵩原に顔を合わせる事さえも、苦しかった。
「おいおい、錦戸…………………お前、まだ右腕やってくつもりか?」
嵩原の右腕になって、1ヶ月位経った頃。
本部の玄関先で、錦戸は兄貴衆からまた絡まれた。
自分達よりも浅い錦戸が、幹部クラス。
それも、嵩原の側近。
錦戸の顔を見れば、腹が立つ。
「………………何ですか?今、親父に呼ばれとんです」
錦戸は、鬱陶しそうに返事をし、溜め息をついた。
…………………………またか。
心の奥底から、ピシ………………と歪みが音を立てて、広がっていく。
正直、竜童会へ入って、後にも先にもこの時期が最もキツかった。
どんなにもがいても、誰も自分を認めてくれない。
口を開けば、『高橋に比べたら……………』。
死ね。
そう叫びたくなる。
「お前は、高橋にはなれん……………さっぱりやさかいな。ええ加減、自分から降りる決断でもせえや」
「あ…………………?」
数人の兄貴衆に囲まれ、錦戸への苛立ちはピークを迎える。
遠目には、ニヤニヤと面白そうにこちらを見る、幹部達もいた。
クールで、大して親しい仲間もいない錦戸に、味方などいなかった。
「へぇ………………錦戸って、高橋やったんか?」
……………………は?
玄関ホールにどよめきが起こり、瞬く間に空気が変わる。
「お…………………親父…………………っ」
錦戸が慌てて振り向くと、そこには嵩原が、側近何人かと立っていた。
「だって、今お前ら言うたやろ?錦戸に対して、『高橋にはなれん』て……………………」
「ああ……………………いや…………」
自分達の言葉を突いて来る嵩原に、兄貴衆は顔を俯かせる。
まさか、嵩原が現れるとは…………………。
偉そうにしていた連中が皆、口を閉じた。
「錦戸は、錦戸やろ。俺には、高橋になんか見えへんし、比べようがないけどな………………」
嵩原は錦戸に歩み寄り、微かに口元を緩めた。
「親………………………」
「堂々としとれ………………俺が、お前を選んだんや。何も、苦しむ事はない。苦しむ暇あったら、早よう仕事に慣れんか」
親父………………………。
たった一人の戦いのような日々が、一瞬で吹っ飛んだ。
見ていないようで、嵩原は見ていてくれた。
この人の側に来れて、良かった…………………心から、そう思えた。
「…………………ほら、メシ食いに行くで」
「は、はい…………………っ」
錦戸は、軽く目を擦り、久々に笑みを溢す。
「あ、それからな…………………俺は、皆同じ目で見とるからな?誰も、代わりなんておらん。ええな?」
兄貴衆や遠くの幹部達に向けて、嵩原は言葉をシメる。
それだけで、悪者は消えた。
それからの2年。
錦戸は、がむしゃらに頑張った。
いまだ高橋には追い付けないが、錦戸を軽く見る者はいなくなった。
嵩原の右腕として、立派に成長を遂げる。
「………………………いや、成長し過ぎちゃう?えらいキツうなったでな…………………」
「はい?……………………何か言わはりました?親父」
「……………………いえ……………………何も」
今日もまた、立派に…………………?
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
23 / 241