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親父の勝負
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ヤクザな人生。
西も東も、楽な道は何もない。
息子がようやく一歩進めば、父は三歩は先を行く。
キキィ………ィ…………………
まだ日の高い繁華街。
関西でも有数の賑やかな街は、今宵も多くの客を飲み込まんと、その準備に追われていた。
そんな活気に満ち始めた街の中心で、周りとは一線を画する高級クラブが軒を連ねた場所に、数台の黒塗り高級車が一斉に停車する。
ザワッ………………………
一目で、ヤバい車。
通行人達は、遠巻きに視線を注ぎ、これから起こるであろう『何か』に緊張を高めた。
バタンッ……………バタンバタンッ………………
周囲のざわつきをよそに、車のドアを閉める威勢の良い音が街中に響き渡り、流れるように高級車からは、厳つい男達が出て来る。
そして、路上に飛び出した男達は、厳しい表情で一台の外車を取り囲む。
「親父…………………着きました」
外車の後部座席を覗き込み、錦戸は中へ座る嵩原へ声をかけた。
「ああ…………………………」
その一言で、張り詰めていた空気が、よりピンッと辺りに線を引く。
『ああ……………』
いつもよりもやや低い、嵩原の声。
それだけで、組員達は頭を下げ、静かに息を飲む。
明らかに、機嫌が良くないと、誰もが悟った。
「クラブ麗華です。ここいらでは、結構なしのぎを上げてくれとる、繁盛店ですね」
木彫りの重厚な扉を構えた、クラブの店先。
車から降りて来る嵩原に、錦戸が高級感漂う外観を見上げながら、話をする。
竜童会の強み。
持っているシマの金回りの良さ。
大きな繁華街を手にし、多額のしのぎが竜童会へ上げられる。
しかも、上物のしのぎ先とは、関係も良好。
ヤクザ家業に手厳しい世の中で、竜童会が強さを誇れる要因の一つは、それだ。
「宏美ママの店か……………………」
宏美ママ。
黒い大理石に彫られたクラブの名を目にし、嵩原は呟いた。
手堅いシマを牛耳り、嫌な顔をさせずにしのぎを上げさせる。
偏に、嵩原が愛される組長だからこそ、それを可能にして来た。
「はい。今日は、ママから泣きの電話が入りました。辰見の籔が突然顔を出して来て、困っとると」
だから、金を吸い取られようと、しのぎ先も嵩原を頼る。
嵩原に歩みより、事の流れを説明する藤原からは、そんな様子が垣間見れた。
「………………………中におるんやな?籔は」
「ええ……………………ママには、然り気無く人払いをするようには言うております」
人払いを。
それが、現状を物語る。
全国的にも有名な組長同士が、顔を会わせるのだ。
それ相応の覚悟を持って、関わる者達は身構える。
「ほな………………………行こうか」
「はい………………………っ!」
組長とは、なんとも難儀な役である。
嵩原に頼れば、何とかなる。
何とか。
何とかとは、なんであろう?
でも、そう思わせる男になってしまった以上は、何とかするしかない。
現に嵩原は、それを成し遂げて来た。
成し遂げるからこそ、また頼られる。
まるで歯車の様に人々の期待が繰り返され、嵩原の名は勝手にどんどん株を上げる。
大和が、ここを目指す事を思えば、苦難しか目の前には見当たらない。
「おいっ!!酒は、まだかァ………………っ!!」
クラブ内に轟く、怒号。
天井からは、派手な金色に輝くシャンデリア。
大理石の床に、革張りの高級なソファと、鏡が一面を覆う壁。
至る所には、豪華な色とりどりの生花が大きな花瓶に生けられ、世の不景気さとはかけ離れた世界を作り上げる。
そんな中で、いかにも不釣り合いな叫び声。
開店前の客もいない店内は、品のない怒号に異質な雰囲気を漂わす。
「籔組長……………………何度も申し上げました通り、店はまだ開いておりません。ご無理を仰られても困ります。大体、うちは竜童会の皆様に、贔屓にしていただいておるんです………………この事、嵩原組長はご存知なのでしょうか?」
だが、高級クラブのママともなると、腹も据わる。
クラブの特等席。
奥の一段高い席に構えられた特注シートで、数人の組員達を引き連れ、横柄な態度を取るガタいの大きな男に、40歳の美人のママは断固たる姿勢を示す。
いい男は、いい女にもモテる。
美しく着飾ったママは、ヤクザの組長相手にしても、嵩原を支持する事を怠らない。
他のホステスやマネージャー達を控え室へ留まらせ、自分一人だけで辰見組組員の前に立つ。
「何やとォ……………客商売が、客を選ぶんか?嵩原に身体を撫でられて、尻軽女にでも成り下がったか」
「まさか……………………嵩原組長は、そないな安い男やありません。私なんか、相手にもしていただけませんさかい」
籔は、40半ばで、190はある大柄な男。
顔はそこそこ悪くはないのだが、この下品な物言いが自分の株を下げている事に、気付いていない。
どの組長も大概がそうな様に、自分よりも若い嵩原が竜童会の天辺におり、いまだ高い人気を誇る自体に劣等感を抱く。
何の目的があって、ここに現れたかは不明だが、嵩原を陥れたいと思っているに違いはない。
「はっ……………色男は、おらんでもモテモテやの。なら、ワシが相手にしたるわっ!酒がのうても、おなごはしゃぶればええだけやろっ!!」
「きゃ………………組長さん………………っ」
下品な男は、どこまでも下品。
あくまで嵩原を称えるママに業を煮やし、籔はソファから立ち上がって、その腕を掴みにかかった。
「ワハハハッ………………ええですねぇっ!!親父っ」
「そら、見物ですわァ!」
それを見て、今まで黙って二人のやり取りを眺めていた組員達は、囃し立てるように声を上げた。
「は、離して下さいっ……………こないな真似、許されへんですよっ!!」
「許される様な事しとったら、ヤクザなんぞ務まるかっ……………ほらほら、その悩ましい身体をつまみにさせやっ!」
いくら拒もうと、大男の力に女は敵わない。
ズルズルと身体を引き摺られ、ママは籔の腕に包まれる。
「止めんかいっ!!ここは、竜童のシマやぞ!!なにさらしとんじゃっ、ワレェッ!!」
男気溢れる野郎達、見参。
「なに…………………………」
広い店内に反響する、怒鳴り声。
突然、耳に突き抜ける怒りに満ちた声に、籔を始めとする辰見組の連中は目を大きくする。
「竜童の顔に泥塗って、女にまで卑劣な真似すんのか!!ただで帰れる思うなや、辰見ィ!!」
先頭をきって、籔達の前に立つのは、錦戸。
嫌がるママを羽交い締めしている様に、組員数人を従え、怒りを露に籔を睨み付けていた。
「何が、ただでやっ………………嵩原の犬が、俺の相手になる思うとんかっ!!」
だが、籔も負けていない。
たかだか組の幹部ごときで怯んでは、組長の名が廃る。
錦戸が現れた位で動揺するなど、プライドが許さなかった。
「アホ抜かせ……………………俺の犬は、一度噛み付いたら死んでも離さへんわ」
組員達の影に隠れていた、本丸登場。
「あ…………………ぁ………」
たまらず声を漏らす、辰見組の組員。
天辺に立つとは、それだけで価値がある。
「久し振りやのォ、籔…………………なんや、おもろい事してくれるやないか………………」
きらびやかな照明にも負けない、存在感。
錦戸の後ろから姿を見せた嵩原に、籔達の顔は瞬く間に凍り付く。
「た………………嵩原………………お前、関西に……………」
そう、籔はまだ知らなかった。
嵩原が、関西へ帰って来ていた事実を。
だから、意気がった。
幹部くらいなら、どうにかなると思っていたから。
「ああ、帰って来たわ……………お前と話する為にな」
話を。
そこに、何があるのか。
ここにも、守る為の戦いが始まる。
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