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番外編 *残された時間を思う時
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招かれざる客が帰って応接室を施錠し、学長室も閉めて来た。
いつも居心地の良い英彦の研究室、ノックすると同時に入って、扉を閉めた。
何の前置きもなく歩み寄り、背凭れを反転させる。
「…英彦。」
恋人の名前を呼んで上向かせ、いきなり深く口付けた。
「っンッ…、んぅ…ん…ッ!」
片膝を椅子に乗せかけ、覆い被さるように強引に、角度を変えて、何度も。
舌を深くまで絡め取られ、息が出来ず苦しくなった英彦が、んんー!、と非難めいた声を上げるまで。
「…んッ…、そういうのは…、帰ってからにしてください。」
ここは学校ですよ、なんて怒ったふりをして頬を染めるのを、切なく眺めた。
さっき、黒木君に追い縋るかの様な橘教授の哀れな姿が、自分に重なって見えて吐き気がした。
野川君は、本当に、彼を手放して後悔しても構わないのだろうか。
英彦がもしも望んだら…、大学を変わる希望を叶えてやるのか?
この手を放して…。
今の私に出来るだろうか?
それが出来ないと、だめなんだろうか?
橘氏も、一度は理性的な考えで黒木君を手放したのだ。
彼らは恋愛関係ではないから、自分のそれより正常で健全な感覚の様に思え、気持ちが塞ぐ。
野川君に至っては、愛しているのに思いも告げずにそれでも…。
その苦しい胸の内を想像しただけで眩暈までも覚えた。
今は、英彦を求める手を止められない。
無言で、そのベルトに手を掛けた。
「ゆ…、藤沢先生ッ…!?」
英彦は大いに驚き、慌てて手を押さえようとしたが、巧く払いのけて下着をずらした。
「な…! どうして…! やめ、あッ…ン!」
さっきのキスだけで、もう反応しているそこが愛しくてたまらなくて、躊躇なく咥え込んだ。
生々しく湿った音が静かな夜の研究室に響き渡り、両手で隠された英彦の顔は、羞恥で真っ赤に染まった。
その時ふと…、手指の間の向こうにある瞳と、目が合った。
「…っ!!!」
英彦のものが口の中でビクッと震え、一段と勢いずく。
全てが愛おしいその存在を、抱き締める様に愛撫してやるのは本当に心底幸せだ。
舌先を固くしたり、拡げて柔らかくしたり、左右にも動かしながら、深いところから先端まで、粘膜と唾液で包み込む様に何度も上下して吸い上げた。
知り尽くした身体の一番良いタイミングで、深い絶頂に導く。その全てを味わう様に。
「あッ…、あ、ダメ、ッんん…、! イっ…! やッ…、あッ…アァッ、あンッ…、ンンーッ…!」
痙攣するのに合わせて放たれるものを余す事なく当然と飲み下し、手早く何事もなかった様に着衣を整えてやった。
椅子は入り口とは逆に向いていたし、英彦も最後は口を両手で塞いでいたから終始小声ではあったが、隣近所にバレる危険も高い研究室だ。
…いや、この関係はバレても構わない。
ただ、公的な場所での不適切な行為は問題だし、何より英彦の今の蕩けた顔を他の誰にも見せるわけにはいかなかった。
少しは頭を冷やそうと、机上にあったペットボトルのお茶を徐ろに手に取り、ゴクゴクと呷った。
それなのに。
英彦が、色っぽく恍惚とした表情を浮かべながら、私にも下さい、なんて言ったからいけない。
もう一口分口に含んで、そのまま英彦の唇から、直接流し込んだ。
「んん…ッ!」
まだ冷たいお茶は、喉に心地よかった。
キャップは開いていたのに、飲みかけた感じではなかったボトルは、ひょっとすると英彦が私のために用意してくれていたのかも知れない。
唇をそっと離すと、英彦が真っ赤な顔と潤んだ瞳で精一杯睨んでいる。
「っ裕一郎さん…!」
そんな可愛い顔で。
「怒ってるの?」
真っ直ぐに見つめ返して優しく微笑むと、目を泳がして声を震わせた。
「あ、当たり前です…! こ、こんなところで、こんな、何度も…!」
怒るにもあくまで小声だ。
こんな時まで健気でいじらしい、君って人は…。
「じゃあ、帰ったら続きをしても良い?」
そう言って、抱き締めた。
少し力が入り過ぎてしまった。
「裕一郎さん、どうしたんですか…?」
心配そうに一生懸命見上げるその表情から、また不安にさせている事が伝わってきて、胸が痛んだ。
「ねぇ、英彦。何度でも言うし、それは全然構わないけど…、私は、君をもう放す気は無いよ。自分からは…、…少なくとも。」
途中自分で言った言葉に胸を抉られ、走った痛みに、思わず息を詰めた。
「裕一郎さん…。」
自分の名を甘く呼んでくれ、腰に手を回して抱き締めてくれる。
しかしやっぱりその腕には、しがみつくという表現が合っているようで、また眉を寄せた。
「橘先生と黒木君の関係は、馬鹿馬鹿しい。ご本人もそう思っているだろうけど…。ただ、野川君と黒木君は…難しいね。」
「? 何が、ですか…?」
恋愛関係であっても、仕事上で別の道を選んで離れるべき場合もあるかも知れないから、と説明したら、英彦は思いの外すんなりと諦めた風な表情を見せた。
その顔を見ると、また酷い焦燥感を覚えて。
「私は嫌だよ。今さら君と離れるのは。…同じ家に住んでいても、愛し合っていても、それが…、たとえ君のためだと言われても、仕事でも一緒にいたいよ。ずっと…。」
ギュッと抱き締める腕に力を込めた。
苦しいですよ、と形ばかりの苦情を言われてからも、しばらくそうしていた。
愛しい温もりを、その存在を、誰より近くに感じていたかった。
「橘先生と、何かあったんですね…。」
橘氏は、清明が彼を採った事にまだ納得がいっていない様子で、呆れてしまった。
我が儘で、自分勝手で。それを許される立場に長くいても、ああはなりたくない。
しかし、これまでに悪い評判をあまり聞いていないからには、きっと、黒木君の事が余程のお気に入りという事なのだろう。
ただ、自分とすれば、彼はまだあくまで未知数だ。
前の分野では確かに上手く恩師のレールに乗って調子良く走っていた様だが、こちらを唸らせてくれる様な論文を書く野川君の側にいて、彼にとってマイナスになることはない筈だ。
そして多分、橘氏は、それを知っている。
だから待っていられなくなったのだ。
老い先短い我々には、残された時間が貴重だ。その気持ちはよく分かるけれど。
「いや…、まあ、確かに腹の立つ人だったが、そうじゃなくて。」
これは、そう…、どちらかと言えば、野川君に思わず怒鳴ってしまった事を気にしているのだ。
結構酷いことを言ってしまったから…。
まるっきり自分自身に向かって使う様な言葉を、全てのしがらみも抵抗感も置き去りに言い放ってしまった。
「! そんな事言ったんですか。」
言葉通りに説明したら、珍しい、と英彦も驚きに目を見開いた。
艶めいた潤んだ表情も、すっかり元通りで、何だかつまらない気持ちになり、シャツの上から胸を弄った。
見つけた尖りを親指の爪先で強めに撫でてやると、身体をビクン、と揺らしてこちらの肩に縋った。
「…っ、ぅん…、んっ…、ぁ…」
抓んで、転がして、潰して、引っ張って、…その度に抑えても漏れる微かな声が、また可愛い。
だけど、ここまでか。
…自分で自分の首を絞めてしまった。これ以上煽られるといよいよまずい。
手を放すと、その手を惜しむ様に目で追う英彦が、我に帰った様にまた頬を染め上げた。
クスリと笑い耳元近くで、急いで帰ろうか、と声を掛けると、顔を一層真っ赤にしたが、俯いたままそっと小さく頷き返してくれた。
その瞬間、突如として熱い思いが胸にこみ上げてきた。
今、世界で一番儚く、貴重で、絶対に失くしてはいけないものを自分は手にしている、そう本能が感じ取り、涙を堪えるのが難しくなって英彦をもう一度抱き寄せた。
「っ…愛してる、英彦…。」
「…私もです。」
英彦は、腕の中で微笑み混じりにそう言って、目一杯背筋を伸ばし、頬に頬寄せて抱き締め返してくれた。
君は、私の、全てだ。
古くからある、歌か戯曲の様な、使い古された文句が自然と浮かんで、抱き締める腕にさらに力を込めた。
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