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『雨宮蒼生』の文体に特異性はない。
いたって普通の漢字を使うし
いたって普通のルビを振り
いたって普通の横文字を使う。
まぁ、お手本にするにはちょうどいいだろう、というような文体。
だけど、それはあくまでも文体の話だ。奴の"特異性"は心理描写にある。
細かいのだ。とても。
もちろん荒いところもある。けれど細かいところはとにかく細かい。ほんの1ミリの動きさえ掴んでいるような、まるで自分がその人物であるかのような、いや、自分でさえ感知できないような動きを、あいつは書く。
それ故『雨宮蒼生』の本は厚い。厚いが、売れる。何故なら皆共感できるからだ。
日本語という、3つの文字を持つ言語と繊細な感性がアレの本を作り上げている。日本語の細微に渡る美しさもだ。外語に訳す時、とても苦労するという話は有名だ。訳者泣かせの雨宮というあだ名までついた。
前に。
辰綺に『雨宮蒼生』の本のどこが好きなのか聞いた。微笑と共に返ってきた答えは
『補完』
その一言だった。だが言葉は続いていた。
『この人、きっと何かあっただろ。だからこんなに細いんだ』
曰く、人は"何か"あると人をよく見るらしい。これ以上自分が傷つかないように、他人を観察するそうだ。だから他人の行動を覚える。だから細かく書ける。だって知っているから。
いくら自分が作り出したキャラクターだとしても、所詮は他人だ。
だからこそ、『何かあった』マコトはできる。
そういうことらしかった。
□□□□
「てか、すんげぇ今更だけどお前、まだ成人してねぇんだよな」
夜。家で晩酌をしていた。ふとそのことを思い出した俺は、向かいに座る辰綺にそう言う。すると辰綺はほんとに今更、と手に持っていたコップを置いた。
「ウリん時は23っつってるけどな。あと…4ヶ月したら誕生日。そんでやっとこさ20歳。それがどうかしたか?」
「いや、別に…なんか思い出したから」
「まぁ、こんだけ自然に酒飲んでりゃ忘れるよ。俺も今お前に言われて久しぶりに気がついたし。ほら、大学って浪人とかで年齢バラバラじゃん?あんま気にしない」
「そう言われればそうだな。そうか…お前と15歳さか…」
「あれ、お前35?それで准教授ってすごいな」
「そうだぞ?もっと崇めやがれ」
やだ、とそっぽを向く。だけどすぐに時計を見た。そしていきなり立ち上がり部屋に行って、鞄を持ってきた。
「どうした?」
「万智んとこにちょっと行かなきゃいけないの忘れてた。タカスギに会わなきゃいけねぇんだわ」
「へぇ、またどうして」
「あいつ今度アメリカ行くんだけど、そん時にちょっと頼みたいことあって。ほらそれに、タカスギ役者じゃん?それでちょっと、」
ふうん、と俺は頷いた。気をつけてな、と送り出す。キスはなかった。
辰綺が使ってたコップを片付けて、そろそろ風呂に入ろうと湯をはりにいく。帰ってくるのは日付が変わってっからだろうから、少し熱めに炊くか。
「そういえば…」
いや、
「どうでもいいか…」
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