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-片井side26-
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黒澤先生が外で待っている関係者を呼ぶと、10人近くの人間が、気持ちの悪いほど爽やかな笑顔で病室へと入ってきた。“見舞い”という名目で来ているにも関わらず、菓子折や花のひとつもよこさない。自分たちの名刺を渡すだけだ。
そいつらにはただ不信感しかなく、俺は柳原の手をもう一度強く握りしめた。
「はじめまして柳原くん。大変な時にすまないね?片井くんも。少し話を聞かせてくれ。」
「はい。よろしくお願いします。」
その言葉を合図に、関係者はカメラや録音機器を構えて、グッと柳原に急接近した。
「今回の事件は本当に凄惨な事件だったね。元々父親から暴力を受けていたようだけど、具体的にどんなことをされていたのかな?」
「…中学生の頃からずっと、母に似ていると、言われていて。母にしていたように、顔を合わせる度、何度も殴ったり蹴ったり、タバコを押し付けたり、性的な事を、されたり…しました。」
震える声を絞り出して、何とか話を続ける柳原。流石の黒澤先生も見ていて落ち着かないのか、腕を組みながら病室内でウロウロと歩き始めた。
「父親にそのような事をされて、当時はどんな気持ちだった?そして、逮捕された今はどんな気持ち?」
「…惨めで、虚しくて…でも、俺の家族は、父だけ…だか、ら…っ。俺…は、おれ、は…っ。」
「では、そんな父を憎んでいる??父に何かメッセージを送るならなんて言いたい??」
「自分を捨てて逃げた、お母さんのことはどう思っている??」
「っ、それ、は…。…うっ。」
心無い質問攻めを受けて、あからさまに悪くなっていく柳原の顔色。遂に柳原は口元を押さえて俯き始めたため、俺は耐えきれず記者の人達を怒鳴りつけてしまった。
「いい加減にしてください!!モラルってものがあるでしょう!?被害者を追い詰めて何が楽しい?…金としか思ってねぇなら帰ってくれ!!これ以上話すことは何も無い!!二度とここへは来るな!!!!」
「おい片井落ち着けっ!!…あ、えっと、私は当事者の教師です。続きは私の方から詳しく話します。場所を変えましょうか。」
黒澤先生が食い気味にそう言うと、俺たちに強く謝るジェスチャーをして、足早に病室の外へと出ていった。
「柳原…っ、具合が悪いか?」
「ごめ…きもち、わる、い…っ」
「堪えなくていい。此処に洗面器があるから。大丈夫。」
「…っ、はぁ…でな、い。もう…何も…でない、よ。」
呼吸ばかりが荒くなる柳原の手は、段々と氷のように冷たくなっていき、声掛けに返事も出来ない様子だった。俺は怖くなり、慌ててナースコールを押した。
「柳原の様子が…っ。お願い、します…早く来てください!」
看護師や主治医がバタバタと部屋に入ってきたのを見て只事じゃないと察したのか、血相を変えた黒澤先生も病室へと戻ってきた。
「柳原!?…くそっ、済まない。俺がアイツらを門前払いしていれば。」
自分の身が苦しい状況に置かれていてもなお、柳原は黒澤先生の方を向いて、何度も横に首を振った。…まるで誰も悪くないと言いたげに。
「柳原くん…ゆっくり息を吐いて。大丈夫。少しパニックを起こしているだけだからね。」
暫く、主治医の指示に併せて息を吐いたりしていたが、一向に荒い呼吸は収まる気配がない。それどころか徐々に肩呼吸になり、喉からヒュウヒュウ音を立てながら蹲ってしまった。
「柳原!?…柳原っ!!!」
「片井くんも落ち着いて。大丈夫。大丈夫だからね…。柳原くんの手を握ってあげて。」
主治医に優しく宥められてハッと気がついた。
…俺までパニックを起こしては、かえって柳原を不安にさせているだけだということを。
仮にも医者を目指している俺が、何馬鹿なことをしているのだろうか。…本当に情けない。
俺は少しでも楽になるようにと、柳原の背中をさする事しか出来なかった。
「柳原くん辛いね。…ちょっと眠気が出る薬を打とうか。左腕、少しチクッとするよ~?」
「すみ…ま、せ…。」
声を絞り出すのがやっとだと言うのに、それでも柳原は先生に謝罪の言葉をかけて、ゆっくりと目を瞑った。その目からは大粒の涙が溢れた。
「ふぅ…かなり辛そうでしたので、鎮静剤を静脈投与しました。…これで暫くはこのまま眠っているでしょう。」
「はぁ…良かった。…片井、大丈夫か?」
黒澤先生がそう言って俺の背中を摩った時にはもう、目から大量の涙が毀れて、堪らず嗚咽が漏れた。
「…っ、一体、こいつが何をしたって言うんですか。誰よりも、優しい…他人想いの、こいつが、なんでこんなに苦しい思いをしなきゃいけないんですか…っ。こんなに苦しんでるのに、俺は何にもしてやれなくて…っ。ほんと、何やってんだ…っ。」
「片井…。いつもそばに居るのに、辛いよな。やるせないよな。…大事な時期に、1人で抱え込ませてすまん。本当にすまない。」
黒澤先生はそう言うと、自分の胸に俺を引き寄せて何度も俺の頭を撫でた。俺が泣いている場合じゃないのに、本当に虚しくて…いつぶりか分からないこの涙を止めることは出来なかった。
「…片井くんは、柳原くんに寄り添って、よくやっているよ。それはきっと本人にも伝わっている。」
「先生…。」
「今私たちに出来ることはね、焦らない事なんだ。早く現状から抜け出そうとしたり、無理に辛いことを忘れようとしなくていい…。大切なのは、ほんの些細なことでも、全ての感情を共有し合って、肯定して行く事なんだよ。…わかるかね?」
主治医はそう言うと、俺の手を取って頷いた。
「柳原くんを保護していた、護さんという人が待合室で待っているよ。落ち着いたらでいいから、ゆっくり話してみなさい。…彼も君と同じように、自分をとても責めている。きっと当事者同士にしか分からないこともあるだろう。そう思って彼に待っているように伝えているんだ。」
「護さん…ですか。…っ、わかりました…。親身に、ありがとうございます。取り乱して、すみませんでした。」
「先生、私も付いていいですか。…こいつらの、力になりたいんです。」
黒澤先生がそう言うと、主治医の先生は「勿論だ。」と、全員の頭を撫でた。
「心優しい彼は、こんなにも皆に想われている。大丈夫。…ゆっくり、話してきなさい。」
俺は黙って主治医に頭を下げると、柳原の手を離して、黒澤先生と共に待合室へと向かった。
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