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11 (過去)
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夏目直孝から連絡が来たのは、年が明けて直ぐのこと。藤城悠は、普段連絡を取らない相手からのメールに胸騒ぎを感じた。
夏目直孝という人物は、年明けに〝明けましておめでとう〟などとわざわざメールを寄越すような人ではなかった。
そもそも、彼は極端にメールを嫌った。メールというのはとても良く考えて文章を構成しなければ、相手とうまくコミュニケーションを取るのは難しい。
そして、相手の心理を読むことも難しくなる。相手との駆け引きや、直接的なコミュニケーションを好む彼にとって、メールは最終手段でしかない。
メールという自分の心理を読み解かれにくい方法をわざと選ぶ事は有るが、それはごく稀でしかないのだ。
〔件名:急いでくれ〕
「年明け早々なんだよ?」
藤城悠は、夏目直孝らしからぬ言葉に、開く気のなかったメールを開いて見ることにした。
〔本文: このメールを見たら、九十九邸へ走れ。大広間に昴がいる。昴を見つけたら、直ぐに屋敷の外に出て、庭の池の中に飛び込め。 ps.昴を頼む。 夏目直孝〕
意味がわからなかった。ただ、嫌な予感に家を飛び出して、九十九邸へと走っていた。
途中、赤信号の中に飛び出し、車に引かれそうになりながらもただひたすら走った。
藤城悠の家から九十九邸へは走って8分程度。信号を無視し、全速力で走った事もあり、実際には5分とかからなかった。
「昴‼︎‼︎」
藤城悠が屋敷の扉を開けて中に入ると、むせ返るような血の匂いが、屋敷中に充満していた。嫌な予感が的中してしまった。
昴は無事なのか…もしかしたら…と考えながら、藤城悠は玄関に飾ってあった槍を手に、大広間へ早足で向かった。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
思わず、手に持っていた槍を落としてしまいそうになり、慌てて両手で受け止める。
「昴‼︎」
恐怖しか感じなかった。自分の身に迫る危険に対する恐怖ではない。九十九昴が、今まで触れる事すら躊躇する程に大切にしてきた相手が、触れる事すら叶わない様になってしまうのではないか。
ただ、九十九昴を失うという事に、途轍もない恐怖を感じたのだ。槍を投げ捨て大広間に向かって走った藤城悠は、そこに広がる光景に絶句した。
いつもは九十九家の親子が仲良く会話をし、食事をとり、家族の時間を過ごす場所。藤城悠が遊びに行くと、よく遊んだ場所。九十九昴にとって、幸せな、優しい時間の刻まれた場所。
しかし今そこに広がるのは、血の海。優しい畳の匂いなんてものはない。変えたばかりのまだ新しい畳は赤黒く染まっている。
倒れている九十九昴の両親の纏っている着物は互いの血で汚れ、既に元の色すらわからない。まるで、真っ赤な着物を着ているかの様だった。
「昴‼︎」
ピクリとも動かない両親の傍に、九十九昴の姿はあった。瞳の焦点はあっておらず、座り込んだまま、全く動かない。藤城悠の呼びかにも反応がない。しかし、生きていた。
良かったと思った。涙が零れそうに成る程に、良かったと思った。しかしその反面、涙が零れそうに成る程、悔しい。悲しい、と思った。
守ってあげられなかった事に、今まで壊れてしまいそうだからと遠ざけてきた自分に、嫌悪すら感じた。
「しっかりしろ‼︎昴‼︎」
反応を見せない九十九昴に藤城悠は何度も揺さぶり、声をかけた。生きているのに、まるで死体の様に反応を見せない九十九昴が、本当にちゃんと生きているんだと確かめたくて、彼の声が聞きたかった。
「…ゆ…う?」
暗くかげり、焦点のあっていなかった瞳に光が戻り、藤城悠を見る。
「あぁ。俺だよ。」
優しく頬に触れて、撫ぜる様に髪の毛をかくと、安心した様に意識を手放した。
藤城悠は九十九昴が暴れなかったことに安心しながらも、夏目直孝からのメールの内容を思い出し、慌てて九十九昴を抱き上げた。
大広間から庭に飛び出すと、一瞬九十九昴の両親を振り返った後、庭の中心にある大きな池に飛び込んだ。
それとほぼ同時に、九十九邸が大きな爆発音と共に燃え上がった。意識のない九十九昴を長時間水中に居させる訳にはいかなかった藤城悠は、数秒後、池から顔を出した。
九十九昴はしっかりと息をしている。池の周りにあった木々は爆風でなぎ倒され、数秒遅れていたら自分と九十九昴も巻き込まれていたのだと考え、震えが走った。
その後、消防により火は消し止められ、屋敷の中からは恐らく九十九昴の両親であろう二つの遺体と、身元のわからない二つの遺体が発見された。
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