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「なんか、あの店のお客って女の人多いのなぁ」
大学の講義中、呟くようにそう言うと、隣にいた楓が俺の言葉を聞いてか、うん?と眉を寄せる。
「そうだっけ。あそこって、どっちかっつうと男の客の割合の方が…」
「あれ、そうなんだ」
そこまで聞いて頷くと、俺は携帯を開く。すると、隣で楓が、いや…と言う。
「…春の効果かもな」
ぼそっと言った楓の声に、俺は聞き返そうとして、ひらりと配布された紙が不意に下へ落ちるのを見る。
「わ、大事な紙なのにっ!」
「……なのになんだろうなぁ。なんか残念なんだよなぁお前は…」
そう声を出すと、楓にそう呆れたように言われて俺ははあっ?!と言って楓を見る。
だってあの紙、試験に出す問題も載ってるってさっき言ってたじゃん!多分!
机の下に潜り込んで紙を取ろうとして、俺は右手を伸ばす。
しかしあともう少しのところで届くところで、何故か窓から風が吹き、更に紙が遠くへと進む。
…って、おいっ!何やってんだ俺の紙ッッ!そっちじゃない、お前の主人は俺だっ!こっちだバカッ!!馬鹿なのかお前は!
心の中でそう叫んでいると、ふと床に落ちていたその紙を手に取る誰かの手を俺は見る。
あ、もしかして拾ってくれた?
机の下から顔を上げると、俺は前の席にいる癖のある茶髪をした男の後ろ姿を見つめる。
「あの、」
拾った紙を持つ男に、俺はうしろからそこまで声をかけて、にこりと笑う。
「その紙、俺のです。拾ってくれてありがとうございま…」
「ーあ、そうなの」
ーーどくん
「はい。」
振り向かれた男にそう紙を渡されて、少しの間固まっていた俺。
「あの…?」
男にそう声をかけられて、俺はそれにハッとするように落とした紙を受け取る。
「あ、ありがとう」
そう言ってぱっと少し顔を伏せると、じっと男に顔を覗かれる気配がした。
なんで、ここに、こいつが…ーー
「…あれ。もしかして、……水島?」
そうして、男にそう自分の名前を呼ばれる声を耳にした俺は、顔を下に向けたまま、目を大きく開いていた。
「そう、だよな?」
「……」
続けざま聞かれた男の声に、俺は何も言えずただ下を向いた。
…違う、人違いだ。俺はこんな奴、知らない。
知らない。
ーーー知らない。
「…人違い…です」
俺の発したその声は、多分、誰かが近くで捲った紙の擦れる音よりも、小さかった。
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