アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
腐れ縁(7/7)
-
──柄にもなく大泣きしてから、2週間が経った。
先輩に甘えることはなかったけど……毎朝、あの決まった時間に顔を合わせていた。
先輩はくだらないどうでもいいようなことばかり話して……俺は、一言挟むか聞き流すかだった。
だけど、何となく楽しかったのを覚えてる。
もちろん、表情には出さなかったけど。
いちごみるく味の飴も、毎日もらった。
……出会いがあれば、当然別れもある。
その日は突然やってきた。
「……俺、もうお前の飴役になれねぇんだ」
「……?」
意味が分からず首を傾げると、先輩が珍しくしおらしい態度を見せた。
「……転校するんだ。だから、お別れ」
「……え」
喪失感にのまれている間も、先輩は立て続けに話す。
「……お前と話せて、楽しかった。
俺、自分のこと不幸だって思ってたが……お前見てたら、すげーくだらないことで悩んでるな。…って思えるようになった」
……待てよ。そんなにべらべら話すな。
急展開すぎてついていけない。
「……いつ」
「何が?」
「転校…」
「あぁ……明日。黙ってて悪かったな。
……何か言いだせなくてよ。黙って居なくなろうと思ってたが……お前だけには話しておく」
「……」
明日……。明日から、先輩が来なくなる。
…いや、清々するだろ。あんなにうざいなって思ってたじゃねぇか。
なのに……なのに、何だ?この胸の中のもやもやは。
「……じゃあな。一人で我慢してないで、俺みたいな飴役見つけろよ」
途中放棄かよ。無責任な奴…。
てか、何でこんなにイライラするんだよ。
……意味分かんねぇ…。
「ほんとに楽しかったぞ。…………ありがとう」
先輩ははっきり告げると俺の髪をくしゃくしゃに撫でて、いちごみるくの飴を渡してくる。
……最後のいちごみるく飴。
胸がざわめく。
何かを、届けたい。込み上げてくる、この気持ちを。
先輩は無言で俯く俺を見て苦笑する。
そして「元気でな」と言って背を向けた。
小さくなっていく背中が、幼き日の母の背中と重なる。
ぎゅっと拳を握り、腹に力を入れる。
けど、喉からは震えた息しか出てこない。
言えよ。"俺も楽しかった"って……何で言えないんだ。
──何故素直に、「ありがとう」を伝えられなかったんだろう?
あの日言えなかった5文字が、今も胸の奥でくすぶっている。
……今だったら、素直に言えるのに。 先輩も、俺を変えてくれた人間の一人だから。 ちゃんとこの思いを伝えたい。 ……俺がずっと胸の中に閉じ込めていた気持ちを口に出し終えると、真知先輩と優先輩はふっと微笑した。 「……いつか、また会えるといいね」 「はい。…もう、後悔したくない。これからは感謝をすぐに伝えるようにしたい…」 「…まこ……話し…くれて、あり…がと……」 「優先輩……」 あたたかい雰囲気を感じとり、頬の筋肉を少し緩める。にやけてるのも束の間、真知先輩が俺の髪に触れてきた。 「……っ!な、何…?」 「その先は…?もっと君のこと、聞かせてよ」 「え……」 「つ…づき……ある…の…?」 「……えっと…、…んと、先輩がいなくなってからは、静かな日常が戻ってきてしまって…もちろん飴役も見つからず」 「今でよかったら、僕が君の飴役になるよ」 「……足りてるから結構です」 「僕…も……飴役、な…たい」 「えっ!?……あ、やっぱりちょっと足りてないので、是非」 「真琴くん、優ばかり甘やかすのは止めてくれよ」 「…だって、真知先輩は……」 「それとも意識してくれてるのかなぁ」 「…は!?ち、違いますから!」 というかテンパるなし、俺。 何だかまじで"それっぽく"見えてしまうではないか。 「えっと。話の続きします」 「話をそらしたねぇ」 「ん……」 「つっこまないで下さい…! ……結局、俺はふて腐れたまま流れる日々を過ごしました。 けど……ある日、ある人に会って…ものすごく変われたんです」 「それが"千尋さん"かい?」 「…!は、はい……」 千尋さんとの出会いは、嵐みたいだった。 急に現れて、巻き込まれ、変えられて……。 旦那は、俺の今の飴役だ。 まぁ…あの人の場合、 ムチ:飴=8:2だと思うけど。 でも今の旦那は、 ムチ:飴=6:4くらいじゃないか……? 最近、気持ち悪いぐらい優しいし。
──愛してる……か。 旦那との電話の会話を思い出してしまい、頬に熱が集まる。 うわ……野郎との会話を思い出してデレるとかキモいんですけど俺。 罪悪感が消えないんだが。 ごめんなさい千尋さんほんとにごめんなさい俺あんたにすごく依存してますほんとキモいですよねまじさーせんですけど一生追いかけますどうか見捨てないでああああああ…! 「まこ……?」 「……大丈夫かい?真琴くん。顔が般若みたいになっているけど」 「大丈夫です…。ちと、壊れてただけなんで」 キモかろうと、旦那にこのことがバレなければいい話だ。うん、そうそう。 「……それで?千尋さんはどんな人なんだい?」 「ち…千尋さんは……」 色んな思い出が、いっぺんに蘇る。 一言でなんか、表せない。 がんこな俺を無理矢理叩き潰して……いっぱい泣かされて、けなされて、苦しめられて。 弱い自分を晒されて、惨めな気分にされた。 けど、全力で向かい合ってくれて……優しくしてくれた。 最初は、旦那のこと"すげームカつく"って思ってた。 なのに今は"命張ってでも役に立ちたい"と思ってる。 人ってこんなに変わるんだって事を……自分を通して感じた。 他人にまで影響を及ぼすカリスマ性と、けっして曲がることがない千尋さんが、眩しかった。 …千尋さんが俺にくれたもの。 気持ち、思い出、全て。軽々しく口にしたくない。 ……だから。 「……秘密です。俺の中の千尋さんは、俺だけのもの…だから」 これを…独占欲って言うのだろうか…。
俺の言葉を聞いた真知先輩は、目を少しふせて呟く。
「君ともっと早く出会えていたら……僕もそんな存在になれたのかな」
「え…」
「…ま…ち」
4時間目の授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響く。静寂が訪れたあと、真知先輩は微笑した。
「……なぁんてね。
僕が好きなのは"今の真琴くん"だ。
今の君をつくったのはその"千尋さん"だろうから……むしろ感謝すべきかな」
「…真知先輩」
何だろ…この気持ち。
最近、新しいことに出会いすぎて自分の気持ちがよく分からないときがある。
…俯いてると、ポケットに入れてる携帯のバイブが鳴った。
「……ん?」
「ど…したの……?」
「知らない人からメールが…」
「貸してごらん」
真知先輩は俺が許可する前に携帯を奪いとる。
そして画面をちらっと見ると、ふっと笑った。
「このアドレス、三橋くんだね」
「え?何で昴が俺のアドレス知ってるんだ…?」
「僕が勝手に教えたんだよ、ごめんね。えーと……
"今どこにいるんだよ。食堂早く行こう、待ってるから
(´・ω・`){腹減った"……だって。
ふふ、何だか少し優と似てるねぇ」
「……?ど…こ…?」
「人懐っこいところだよ」
優先輩の頭を撫でる真知先輩の手から携帯を奪いとり、立ち上がる。
「俺、失礼します……!
あ、あと、優先輩」
「な…に…?」
「今日の夜から、真知先輩と一緒に寝てくれませんか…?」
「ん……」
「だめだよ。僕は好きな人としか寝ない」
「好きな人とか考える前に、優先輩は友達でしょう?友達と寝るのはありだと思います!
……俺も昨日昴と一緒に寝たし」
「……前半の部分は了解したよ。けど、後半の部分は聞き逃せないねぇ」
「し、失礼します……!」
急いで屋上から出て、階段をトントンと下りる。昴からのメールを思い出し、携帯を握っている手に力が入った。
……俺を待ってくれてる人がいる…。
自然と、歩幅が大きくなる。
もう、さしのばしてくれた手を払うようなことはしたくない。
素直に、気持ちを受け止めたい。
そして、それを受け取ったときに感じた気持ちをちゃんと伝えたい。
……一生切れない絆を結びたいから。
教室への道を急ぐ。
最近……俺の頬、緩みすぎだ。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
43 / 63