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思惑.7
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「そういうことだから、シャワー浴びたら、自分の部屋に戻る。世話になったな」
「おい待て、勝手に完結させんな。そんなの認めるわけ」
「うるせぇ!もう、ほっといてくれ!!」
絞り出した声は、思いのほか大きく響く。
驚きに目を見開く武川に向かってまくし立てた。
「お前が認めるとか、認めねぇとか、俺の選択に口出す権利はねぇだろ。世話になったのは認めるが、もうこれ以上は無理だ」
「けど、お前今だって全然本調子じゃねぇだろ。お前がその無茶する姿勢を変えない限り、根本的な解決になってねぇだろ」
急な言い分に、怒ればいいのに。
俺の態度に、苛立って当然なはずなのに。
武川は、あくまで俺を心配する姿勢を崩さない。
どこまでも冷静に、俺のことを案じている。
それが、苦しかった。
だから、俺は。
「…………"こう"なるまで、俺と関わったこともそんなにねぇくせに、俺の何をしってんだよ。俺は元々こう言う人間だし、お前のいう"本調子"の俺は、てめぇが俺に抱いてる偶像だろ」
言うべきではないとわかっていても、そう言ってしまった。
そのことばに、武川の顔が悲痛に歪む。
武川は何も悪くない。それでもきっと自分の過去の行いを、後悔しているんだろう。
ーーーいや違う、俺がさせているのか。
その表情を見て、自分の心臓がなぜかツキンと痛んだ。
そんや資格もないと言うのに。
「…………そうだな、その通りだ。悪かった」
欲しかったその言葉とともに、腕から温もりが離れていく。
望んでそうしたはずなのに、その温もりを追いたくなってしまう。
「……考えてみれば、俺といることだって、お前にとっては負荷以外のなにものでもねぇよな。
偉そうなことばっかいって悪かったな、お前が帰りたいなら、帰ればいい」
そのことばに、急くように壁に綺麗にかかっている制服に歩み寄る。
もうシャワーを浴びる気分など到底あるはずもなく、ただ一刻も早くこの部屋から出ることだけを考えていた。
そうでないと、きっとまた踏みとどまってしまう。
「…………けど、助っ人はまだやめさせねぇ」
「いらねぇっつってんだろ」
「4人揃うまでは、使ってくれ。別にほかの用があるわけでもない」
「だから」
「わかってる!」
今度、大きな声をあげたのは、武川だった。
反射で振り向いて、そして後悔する。
「わかってる、お前は有能で、もう2人戻ってきていて、あいつらがいなくても、もう本当に大丈夫なんだろ」
だって、その顔は今にも泣きそうだったから。
それでいて、その瞳に浮かぶのはあくまで穏やかで優しい色だけだったから。
なんでお前がそんな顔するんだよ。
怒れよ、それか、あっさり何もなかった頃のように戻ればいい。
俺なんかに、そんなに気持ちを裂く必要などないのに。
「これは、俺の自己満足だ。余計なお世話でも、無駄だとしても、お前の役に立ちたい。少しでもお前の負担を減らしたい」
何がこいつにそこまでさせるのか、さっぱりわからない。
「…………」
これ以上ここにいたら、もう出られなくなりそうで。
無言で武川の部屋を出る直前。
「もし、何かあったら言ってくれ。お前がこの部屋から出ていこうが、お前にとって不要だろうが、俺はずっとお前の味方だ」
聞こえた台詞に、目頭が熱くなった。
どうして。
そう言いかけた口を無理やりつぐむ。
その答えを聞いても尚背を向けられる自信など、どこにもないから。
まだなにか続きそうな言葉を、扉を閉めることで断ち切る。
廊下を足早に進む間も、武川の表情が頭から離れなかった。
一体、何が、どこが起点だったのか。
ほんの少し前の俺が見たら、どう思うんだろうか。
犬猿の仲、なんて言われていて、お互いろくに話もしなかったのに。
「…………んで、こんなことになってんだよ」
かちゃり、久しぶりに開いた自室のドア。
広がる無機質な光景は、この一年と少しの間で、随分見慣れたもののはずなのに。
その光景は、なんだかひどく味気なく思えて。
扉が閉まってもきこえない、『おかえり』の挨拶が、なんだか無性に寂しかった。
「…………ははっ、」
あまりにあっさり塗り変わった自分の中の感覚に、笑いがこぼれる。
だって、それ以外に何ができるというんだろう。
……ああ、もう完全に、手遅れだ。
ほんの少しの間に、じぶんがこんなにも変わってしまうなんて思いもしなかった。
「ほんっと、なっさけねぇ……」
ズルズルと玄関先に座り込んで、膝の間に顔を埋めた。
ーーーー転校生の登場が巻き起こした波紋は、どこまでも広がって、伝播していく。
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