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歪み.2(side.柴山)
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「…………へいわだ」
ぽつり、そう零せば、誰もいない室内にその音は軽く響いた。
………そう、平和そのもの。
まるで、何事もないかのように、穏やかに平穏に進む日常。
むしろ、事態は好転し続けているように見える。
俺たちが最初手伝いに入った頃よりは、ずっとましになった会長の顔色。
戻ってきた役員。
絡まり合っていた糸が解けるように、少しずつ距離を詰めていく彼ら。
自分の感情を持て余して、会長を毛嫌いしていた副会長は、もう随分彼に心を許しているように見える。
つい最近心変わりがあったらしい会計は、その目に潜ませていた剣呑な陰りを見せなくなった。
ーーーそして、会長は。
『おい、伸也』
『聞いてんのか、薫』
『光毅、柴山』
最近、俺たちを名前で呼ぶようになった。
今までももちろん呼ばれたことはあったけれど。
大概は、てめぇ、とか、そんな言葉で済まされていて。
どこか頑なに他人を拒んでいたような、彼のそんな雰囲気がたしかに和らいでいるような。
それを嬉しいと思うあたり、分かってはいたけれど、自分も大概彼に傾倒していたらしい。
全てが順調。
何も、都合の悪いことなんてないはずなのに。
「………………」
最近ずっと、どこか煮え切らない空模様をぼんやりと眺める。
そう、こんな感じなのだ。
困難は去ったはずなのに。
なんだか。
「…………嫌な予感がするんだよなぁ……」
直感は冴えている方だと思う。
機転がきく方だとも。
だから、ぐるぐると渦巻く、この嫌な感覚はたぶん無視していいものじゃない。
だから、考えて、考えて、考えるんだけど。
「…………やっぱ、平和なんだよな」
第六感でしかないそれの根拠を特定することは、まだできない。
それが歯がゆくて、ぎゅっと眉間に力を入れる。
ーーーだって、あとちょっとで、笑ってくれそうなのに。
会長は、完璧だ。
完璧で、けれどそれは、彼が不完全だからこそ、完璧なわけで。
いくらだって、楽な道が周りに転がっているだろうに。
それをとることは、きっとすごく簡単なのに。
それでも彼は、そうしないから。
俺たちが、周りが、彼が自ら取りこぼしてしまう幸せを、拾ってあげなきゃいけないと思う。
それを彼は求めていないのだろうけれど。
だからこそ、俺たちが動かないといけないのだ。
ーーーー最初は、正直言って苦手…………むしろ、嫌い、だった。
皮肉にも、彼には確かに人を惹きつけるようなカリスマ性も、才能もある。だけど、傲慢さでそれを全て台無しにしていると。
だから、何故委員長が手を貸そうとするのかわからなくて。
けれど、初めて彼と目があった時。
俺は、衝撃を受けた。
あんなにも沢山のものを持っているのに、あんなにも悲しそうな人間を、俺は多分、初めて見た。
その意思の強そうな、人を惹きつける瞳の奥底にあるのは、底知れない空洞。
それすら最初は傲慢だとしか思えなくて。
だけどすぐにそれは違うのだとわかった。
ずっと俺たちを惹きつけてやまないような、そんなカリスマ性は、才能だけから生まれたわけじゃなくて。
むしろ、わかりにくくて、不器用で。
気付いてもらえないような優しさばかり振りまいて。
損ばかりしている、お人よし。
そのくせ、自分を持っていて、まっすぐで、意外と照れ屋で。
そんな、唯一無二の、彼の内面こそが、俺たちをひきつけてやまない要因だったのだと。
彼のような人こそが、幸せになるべきだ。
だから、そのための最初の目標。
ーーーー彼を、心から笑わせたい。
完全に心をゆるせるような、安心できるような、そんな関係を築きたいのだ。
よく言えばクールで、悪く言えば無愛想。
彼が満面の笑みを浮かべているところなんて、想像もつかないけれど。
そんな彼が、心から笑えたら。
「……きっと、綺麗なんだろうなぁ」
あの整った顔が綻ぶところが見られたなら、それだけで俺も幸せになれる気がする。
だから、どうか、このまま。
事態が好転し続けますように。
今回ばかりはこの胸騒ぎが思い過ごしであってほしい。
こみ上げる焦りを、拳の中に閉じ込めて。
かき消すように握りしめた。
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