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歪み.12(side.武川)
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さらりと、深い寝息をたてる椿屋の髪を梳く。
ぐっすり眠っているその姿に安心して、起こさないように、けれどしっかり、その体を抱き寄せた。
すると、すり、と無意識にか胸に頬を寄せてきたその姿に、胸の奥が締め付けられるような感覚がする。
「…………」
俺は、自分の信念を貫く方だと思う。
正しいと思ったことは、それが間違っていたと発覚しない限りは貫くし、それを躊躇うこともまずない。
けれど、今回に限って、自分の考えを貫くことができなかった。
…………その結果がこれだ。
今は安らかに寝息をたてるこいつの目元には、黒々とした隈があって。
疲弊しきっているだろうことなんて、一目見ただけでわかった。
少し健康的に戻りかけていたはずの体は、また少し痩せているように感じる。
やっぱり、あの時強引にでも手を離さなければ。
そんなことを思ったって、所詮後の祭りだ。
ーーーつい、数時間前。
『…………委員長、いつまでそうしてるつもりですか』
ヘタれて動けず、どうしようもない俺にそう言ったのは、柴山だった。
『……どうしようもないだろ。あいつが俺は不要だっつったんだから』
『あなたの目は節穴ですか』
『……は?』
『わかってたでしょう、会長が自分で助けなんて求めないって。そういう人だってわかってたから、俺たちのこと生徒会に送ったんでしょう?』
『けど』
『けどじゃないです。委員長、最近会長のこと見ました?』
『……いや』
『見たら俺の言ってること、わかると思います』
『……何かあったのか』
『…………何も、無いですよ。平和なんです。全部上手くいってるし、全部解決に向かってるはずなのに。
やっぱり、俺たちじゃだめなんですよ』
そう言った柴山の顔は悔しそうで、何事も器用にこなすあいつのそんな顔を見たのは、初めてだった。
『前より確実に心を許してくれているはずで、だけど、だめなんです。仕事だって最近は落ち着いてきたはずなのに、せっかく元気になってきたはずの会長の顔色はどんどん悪くなっていくし、全然寝てないみたいだし、』
そこで一度言葉を区切って、柴山は一度ぎゅっと目を閉じた。
『……ほんとに、しっかりしてください!このヘタレ委員長!!!』
『は?』
『委員長がそんなんだったら、もう俺風紀やめて生徒会に立候補しますから』
多少慇懃無礼なところはあっても、基本礼儀正しい柴山からそんなことを言われたのは、それが初めてだった。
それだけ言って一度俺を睨み付けると、柴山はこちらに背を向けて、生徒会室に向かって行ってしまった。
言われた言葉と、最後に見た椿屋の顔が、頭の中を駆け巡って。
寝られて居ない、といったその言葉を頼りに、まずは夜、生徒会室に行った。
「…………いない、か」
また一人で仕事を抱え込んでいるのかと思ったが、そういうわけでもないのだろうか。
そうして次に思い出したのは。
『…………………あめ?』
最後の朝に、あいつがこぼした言葉だった。
雨の中寝ていたと聞いたときの反応と。
今が、梅雨であること。
…………偶然だろうか。
とにかく、行ってみようと椿屋の部屋までいった。
けれど電気はついておらず、どうしたものかと考えて。
とりあえず一晩、椿屋の部屋の前で過ごすことに決めた。
思い過ごしなら、それでいい。
…………だけど、もしそうじゃなかったら。
そうして、夜も随分更けてきた頃。
ーーーーカチャリ。
ドアは開いた。
そうしてどうにか部屋の中まで入り込んで今に至るわけだが。
何故そこまで気にするんだと、椿屋はいった。
そう問われて初めて、何故今回に限って、自分を貫けなかったのかに、気がついた。
『お前のいう"本調子"の俺は、てめぇが俺に抱いてる偶像だろ』
その言葉に反論するすべを持たなかったから、だけじゃない。
…………それ以上嫌われる勇気を、持てなかったからだ。
わかっていたはずのことは、こいつの口から放たれたという、ただそれだけで、鋭利な刃物のように俺の心に突き刺さった。
ほんの少しの間、一緒に居たという、ただだけで。
俺は、こいつことを、わかった気で居た。
こいつの1番の味方になった気で居た。
…………こいつもそう思ってくれているのだと、思い上がって居た。
それが崩れたことが怖くて、急に全てが不確かなような、そんな不安に駆り立てられて。
「……ごめん」
何から何まで。
眠っているこいつに謝ったところで、もちろん返事はない。けれどこれは自己満足だから、それでいいと思った。
全部、ツケだ。
知ろうとしなかったこと、目を背けてきたことの。
全て、自分の過去の行動が原因で。
そんな自分に、こいつの隣にいる資格なんてないのかもしれない。
だけど。
「…………ぅ、」
眉を顰めて、少し苦しそうな顔をする椿屋の背をそっと撫でれば、少しずつ眉間の皺が、取れていく。
そんな様子に、他でもない自分が、こいつの苦悩を取り除けているという、その事実に。
どうしようもない喜びが湧き上がってくる。
頼ろうとしない、頼れないこいつを幸せにしてやりたい。
心の底から、そう思う。
嫌われていたって、鬱陶しいと思われたって構わない。
それでもいいから、1人だと我武者羅に不幸への道を突き進んでしまいそうな、そんなこいつの、力になりたい。
だって。
「………………好きなんだ、椿屋」
どうしようもなく。
あの日、静かに涙を零すお前をみた時から、この想いは始まって。
一緒に過ごす日々の中で、"完璧な生徒会長"をこえた、お前自身を知るうちに、どんどん惹かれていったんだ。
なぁ、俺の知っているお前は、たしかにお前の一部分でしかないのかもしれない。
俺に"お前"を、語ることはできないのかも。
だけど、もうそんなの関係ない。
本当に、柴山の言う通り、どこまでも情けない。
後輩に言われるまで気付けないなんて。
だけど、もう間違えない。
何度拒まれようと、嫌われようと、絶対にこの手を離さない。
ーーーーそれでこいつを守れるなら、安いものだ。
少しだけ痛む心は見ないふりをして。
前髪の上から、そっと額に口付けた。
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