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あの日あの頃あの記憶-弐
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結局あの日母様を見られたのはあの一瞬だけで、俺たちが侵入したことに気付いた使用人によって本邸へと戻され、そしてその夜、今日は母に会えなくなったと知らされた。
しかしどうしてもあの美しい人がもう一度見たくて、あの人が俺の母なんだと思うだけで嬉しくて、翌朝、4時半という使用人たちがようやく起床するような時間に、俺は再び父の聖域に忍び込んだ。
その時目にしたものは、俺の人生の中で最大の驚きになる。
母をその腕に囲い眠る、父の姿。
あれほどまでに穏やかな父の表情など、かつて見たことはなかった。
俺の知る父といえば、鬼のように仕事をこなし、たまに俺の顔を見に来て母の話をする冷たい人という、ただそれだけの存在だった。
だからあの時、父の寝姿を見て、嗚呼この人も一人の人間なのかと、そんな事を思ったのだ。
それまで俺は父の寝姿など、いや、それどころか髪の毛一筋乱れた姿すら見たことなどなかった。
少しでも気を抜けば喰われる。少しでも気を抜けば足元をすくわれる。ほんの少しでも気を抜いた瞬間、今後決して愛する番とは過ごせなくなる。
そんな緊張感の中で生きていた人。
それはいったい、どれほどの苦痛なのだろうか。どれほど精神が削られ、どれほど心が摩耗し、どれほどその命が縮むのか。
生まれた時から傍らに自らのΩが存在した俺には、番と暮らせないなどとても想像がつかない。
それをやってのけ、母様という番を手に入れた父の、その人間らしい表情が見たくて、笑っている姿が嬉しくて、初めて触れ合った家族の温もりが愛おしくて、俺は子どもという特権を大いに利用して、父といる時はその腕の中の母に絶え間なく話しかけた。
そうすると父が少し怒り、俺から母様を取り戻そうとする。
それを母様がいなし、俺と父の仲を取り持とうとする。
俺は母に抱きつき、父と目を合わせ話す。
こんなふうに家族全員が集い話すことができるとは、なんて幸せなことなのだろうかと、幼いながらに実感し、満ち足りた気持ちになったものだ。
俺は、それまで何をしていても心の何処かに必ずあった空洞を埋めるかのように、そうして幼少期を過ごした。
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