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第14話
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地元を離れ、東京に移ってから一週間が経とうとしていた。
母さんが自殺して亡くなってから、父さんはまるで機械のように仕事に没頭し、そして俺の存在を忘れ始めた。
最初は名前を間違えるなどの些細なことだったが最終的には「誰ですか?」とまで言われるようになったので見かねた叔父が一人暮らしをした方が良いのではないか、と勧めてきた。
そのため中学3年生からは家から少し離れたあのボロアパートに住むようになった。
しかし、それからしばらく経った春、父さんは母さんの後を追うようにして自ら命を絶った。
一人暮らしには慣れているはずなのに、荷物整理はなかなか捗らず未だに未開封のダンボールがいくつも積み重なっていた。
あのアパートより少しばかり広いこの部屋は自分ひとりで暮らすにはもったいない気もする。
まぁ片付けが済んだら阿井や専門学校の時の友達を招いたりする予定だったし、これくらいが丁度いいのかもしれない、なんて思いながら明日の初出勤に向け、念入りな準備を続けた。
明日一緒に新しく「only」に入社する「いっちゃん」という人はカット、カラーリングなどの全ての技術にとてつもなく長けていて、また同時に繊細な美的センスを持ち合わせ、デザイン性も高いことから入社前から期待をされている凄い人らしい。
真尋も、専門学校でそれなりに技術やセンスは磨いてきた。接客やカウセリングも先生から高い評価を得てきたし、そもそも学校から推薦でonlyに入社することになったのだ。
しかし、そこまでレベルが高く期待されている人と一緒に仕事、と考えるとやはり緊張してしまう。
不安と緊張で押しつぶされそうな心臓を押さえつけ近くにあったダンボールに寄りかかった。
阿井なら今の俺に、なんて言葉をかけてくれるだろうか。
「真尋なら大丈夫だよ、俺がそばにいるから」と背中をさすってくれるかな。
それとも「なんだよ真尋らしくねえじゃん、他の奴らが何を言っても俺だけは真尋の味方だし真尋を愛してるよ」なんていうのかな。
…いや、そんなことはきっといわない。
言うとしたら、それはきっと阿井じゃない。
阿井じゃなくて…
一瞬浮かび上がったあの顔を以前と同様、急いでかき消した。
なんで、また…今は阿井がいるだろ…。
自分自身がわからない。
阿井のことは好きだ。
性的な意味でも人間としても。
だけど、ふとした瞬間、いつもあの顔が浮かび上がってくる。
あの日以来、全く会っていないのに思い出そうとすれば鮮明に思い出せるあの顔がいつもいつも胸の奥を締め付けるのだ。
ひゅっ…ひゅー…
あぁ、まただ。
最近このことについて考えると呼吸が出来なくなる。
こんなんじゃダメだ。
明日から頑張らなきゃいけないのに。
ぐっと歯を食いしばり、体を楽な体勢にする。
少しずつ落ち着いてきた呼吸を整え、立て掛けていた阿井と映っている写真を見つめた。
頑張るよ、俺。
そう呟いて深く深呼吸をすると、なんだか気持ちも楽になった気がした。
準備も後半にさしかかっていよいよ、もう明日なんだなと改めて実感する。
あとは寝るだけ。
早めに起きないとなぁ…
ぼんやりそう考えているうちにだんだんとまぶたが重たくなってきた。
俺なら大丈夫、大丈夫…
呪文のように頭で唱えながらそのままゆっくりと眠りについた。
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