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ココロチラリ #1
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ニューヨークへ転勤の内示を受けた。
帰ってきたら出世できることは間違いない。
独身の俺が悩む必要はないが、一瞬、躊躇する。
上司には、彼女のことが気になるのなら、いいきっかけになると言われた。
うなずいてはみたものの、彼女のいない俺にはきっかけ等必要ない。
行けば、最低でも3年は帰ってこれない。
そんなに長く日本を離れるなんて…。
俺は携帯を開き、電話をかけた。
その夜、智と二人で飲みに行くことになった。
智は俺の一番の友人、幼馴染だ。
俺のことはなんでも知ってる。
どんな時も、智は俺の隣にいた。
一緒に悪さもしたし、冒険もした。
でも、智は俺の一番大事なことを知らない。
家の近所の居酒屋で飲むことにした。
俺達は26にもなって、実家暮らしだ。
一人暮らしをする必要性がなかなか見つからなかったし
何もしない俺や智が家を出たら、心配されるのが目に見えていた。
智はイラストレーターとして、ちょっとした有名人だ。
美大に在学中からその才能を発揮し、卒業後はいろいろなところで
智の絵をみかけた。
その不思議な世界観は、見るものの心を温かくする。
まるで、智そのままだ。
一見ほわ~っとしているように見えて、その中心にある何か強いものに
誰もが引き込まれる。
今日も、智はほわ~っとした笑顔を携えて現れた。
「お疲れ~。」
智が俺の前の席に座る。
「待った?」
「いや、今来たとこ。……とりあえず、ビール?」
「うん。」
智はお絞りで手を拭きながら店員にビールを注文する。
「久しぶりに修君から電話があったからびっくりしたよ。」
「そんなに久しぶりだったかな?」
「そうだよ。メールばっかりだもん。」
智はちょっと口を尖らせる。
「ごめん、ごめん。忙しくて。…でも智も忙しいだろ?」
「そんなことないよ。」
智がふにゃりと笑う。
店員がジョッキを二つ持ってきたので、二人で乾杯する。
ビールの泡を唇につけた智が、少し真面目な顔をする。
「今日は……何か話があったんでしょ?」
舌で泡をペロリと舐める。
「う……うん。……俺、転勤する…。」
「ふうん。どこへ?」
「……ニューヨーク。」
「……ニューヨーク?」
俺はうなずいて、ビールを喉に流し込む。
「行ったら3年は帰って来れない。」
「……3年……。」
俺がどんな気持ちでこの話をしているのか、きっと智にはわからない。
「そっかぁ。」
智は少し寂しそうにビールを飲む。
智の細い喉をビールが流れていくのがわかる。
そして、ジョッキをテーブルに置くと、智はにっこり笑った。
寂しそうに見えたのは俺の願望か?
俺はビールをグビグビ流し込んだ。
一気に半分ほど無くなったところで、ジョッキをテーブルに置く。
「はぁ~。」
炭酸のせいなのか、俺の気持ちの現われなのか、溜め息がこぼれる。
「修君、住むとこ決まってるの?」
「え?…ああ、会社が用意してくれるから。」
「そこは家族が一緒でも平気?」
「平気だけど……、母さんが一緒に行ったりしないよ?
俺だって26なんだから。」
俺はお通しの切り干し大根を摘むと、口へ放り込む。
「んふふ。……じゃ、おいら、修君とこ居候してもいい?」
「ん……え?……居候?」
「うん。」
智がにっこり笑う。
「ニューヨークでの仕事の話があるんだけど……断ろうと思ってたんだ。
でも、修君が一緒ならやってみようかなと思って……。ダメかな?」
智が眉間に皺を寄せ、眉を八の字に下げる。
心細そうな顔。
でも、俺は笑いを堪え切れない!
「いいよ。全然。行こうよ、ニューヨーク。」
俺の笑いを堪えた顔はよっぽど変だったんだろう。
智も通りすがりの店員も、訝しそうに俺を見る。
俺は慌てて顔を伏せ、自分に言い聞かせる。
智は仕事で一緒に来るだけなんだ。
他になんの意図もない。
それでも、一緒に暮らせる嬉しさは、俺の顔を崩していく。
破顔。
まさに。
「じゃ、二人の仕事が上手く行くように。乾杯!」
俺がジョッキを持ち上げると、智もふにゃりと笑ってジョッキを合わせた。
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