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駅に向かう僕達に会話はなかった。僕からなにも言えないし、何を聞きたいのかも理解できていなかった。沢山の「なぜ」と、こぼれる色々な「きもち」がぐるぐると渦巻いていて、ただ黙って歩き続けた。
ユキがようやく口を開いたのは駅のホームに着いて、5分後の電車を待っている時だった。
「俺ねバイセクシャルなんだ。それで……たぶん…男のほうが好きなんだと思う」
「そう……なんだ」
「……うん」
何を言えというのだ。そうなんだ以外に何が言える?
僕の脳裏にベンチに座るユキの姿が映る。考えていたのは、このことなのかもしれない。
「園芸部のベンチに座って何を探していたの?」
「え……」
ユキの目が大きく見開かれた。がっしりとした体はいつもより小さく見える。こんな無防備な姿は初めてだから僕の言ったことは正解だ。
「みつかったの?」
「なんでシュンが知ってるの?」
こんな言葉使いをするのは僕のほうだ。ユキなら「なんで知っている?」だけでいいはずだ。弱いユキが可哀想になって思わず背中に左手を回すと隣でびくっと肩を揺らす。
「楽器の音が聞こえていなかった?」
「あれはシュンだったのか」
「うん。今もあそこでずっと吹いているよ」
「今度……聞きにいくよ」
「答えをくれたのは副会長?」
手のひらに感じていたユキの背中がすり抜ける。驚いて横をみると、うずくまったユキがいた。
「電車1本遅らせようか」
ユキのカバンを持ってベンチに座ると、ノロノロとユキがあとに続いた。
副会長もバイセクシャルとかいう仲間で、ユキに啓示を与えたということだろう。そして今はユキが副会長の代わりをしているのかもしれない。僕の知らないところで生田と林原のような誰かを助けている姿を想像する――違和感はなかった。
「初めてなんだ。友達に打ち明けたの」
「生田達も知っていたよ」
「そうじゃないよ、俺達みたいなってこと、シュンにとってのモリみたいなってこと」
「……うん」
「杉下みたいに……やっぱり気持ち悪いか?俺みたいな種類は」
優しい気持ちになろうとしているのにイライラする。どうして杉下なんだ。僕は僕だ。
「あいつと一緒にしないでくれ。それにユキが自虐的なのは似合わないよ、そっちのほうがずっと気持ち悪い。なに自分のこと種類とか言ってるんだよ」
「え」
「だから、気持ち悪くないよ、ユキはユキだ」
ようやくユキは僕と目を合わせた。
ポケットの中のコーヒー牛乳をとりだす。それはポケットの中を濡らしていたから、握ってもわずかしか冷たさを感じられなかった。
「はいこれ」
不思議そうに僕を見返すユキはなんだか小さい子供みたいに見える。
「あの場をつくろうのに、もっといい方法があったんじゃないかって僕は怒っているよ。バイセクシャルを僕に言っていなかったことにはまったく怒ってないよ。当たり前だろ?
そんなこと普通言わないよ。これは、あんなヤツと不本意なキスをしたユキにコーヒー牛乳。ぬるくなっちゃったけど」
「シュンの分は買わなかったの?」
「買わないよ、消毒のかわりだから……飲んできれいに流して」
唾液を……とは言えなかった。
ストローを差すユキの指は震えていたから、かわりにパックに差し込んで手渡してやる。
「ふ…ぐ」
コーヒー牛乳をユキが握ったのを確かめて顔をみたら、ぽろっと涙がこぼれるところだった。
「……はじめて言ったんだ……友達に」
そういってポロポロと涙をこぼすから、ぼくはそっとユキの手を握る。
そのまま僕たちは電車を3本見送った。
僕の部活がなくて、一緒に帰る時は必ず「うちに寄って行くか?」とユキは言う。でも今日はさすがに言わなかった。電車に座り黙ったまま窓に流れる外を見詰める。
僕たちは二人の何かが変わったことを知った。
3駅目でユキが下りる。
「じゃあ」
「うん、また明日」
僕がまた明日と言った時、少しだけユキはほっとした顔を見せた。もう僕が明日から友達を辞めるでも思っていたのだろうか。
「モリと二人で弁当食べるのは嫌だからね」
「うん……わかった」
少しだけ微笑んでユキは電車を降りていく。そして電車が動き出すまでホームでずっと僕を見ていた。
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