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「引出物の中に本がある」
席につくなりイスの下に置かれていた引出物の袋をガサガサさせていたモリが素っ頓狂な声をだした。
「美野の趣味だろうな……まさか漱石?」
「そのまさかの漱石。文庫本でそんな厚くないけど『こころ』だって」
「まじかよ」
内容が内容だ、結婚式で配るには最もふさわしくない小説といえる。
自分の気持ちを押し通すために親友を裏切って結婚する「先生」の話、あげく当事者達は自殺する。これを披露宴で配るとは。ここまでくれば笑うしかない。
「へえ、これ面白いの?」
「モリ。面白いって言ったら読むか?」
思いっきり顔をしかめて本をパラパラしている。
「いや、この見た目?堅苦しそう。絶対俺むきじゃない!」
「人間のエゴの話だよ」
「うわ、暗そう」
「漱石マニアの美野にとってのベストオブ漱石がこれなんだよ」
モリはもう本のことなど忘れたようで、袋の中の箱ものを調べることにしたらしい。
「ユキはこれ読んだの?」
「そ、美野に読まされた」
シュンが俺に話しかけてきて少し安心する。それにしてもしばらくぶりに見たシュンは、モリのいう「ひどい状態」だった。
もともと華奢だったのに、今は折れそうなくらいに痩せている。小さくなった顔のなかで黒い目だけが大きく見え、白い肌は青白くさえある。高校生の時はほぼ同じだった身長は俺のほうがはるかに高くなっていて、抱きこんだらすっぽり収まってしまうだろう。
それなのに、とても綺麗だった。自分を大事にせず捨て鉢で投げやりなところを隠そうともせず佇む姿は、どこか儚げですらある。
顔を見ていなかったから、傍にシュンがいなかったから、俺は不毛な出会いを繰り返し、別れを積み重ねてきたのだ。いつもこの存在が傍にあったなら、そんな無意味なことに逃げることはなかっただろう。
俺の手を噛むというなら、あの時の子犬のように手の中で潰してやる。凶暴な独占欲が腹の底で渦巻いていた。それは夏木が書いた手紙を見たときと同じもので、まったく変わっていない自分がいる。
シュン以外、なにもいらない……シュン以外なら意味はない。
結婚式は美野の性格を反映しているのか、派手な演出もなく穏やかなものだった。お色直しは1回だけで、新郎は最初から最後まで同じモーニング姿だった。今日は眼鏡がなくすっきりとした目に笑みを浮かべている。それに背が高いから堂々とした姿だ。「素材の良さ」をいかんなく発揮し、なかなかの男前を披露していた。
キャンドルサービスに来てヒューヒュー騒ぐモリに苦笑しながら、隣同士で座っている俺とシュンを見て美野は軽く頷いた。俺はちょっとだけ首をかしげてみせる。案の定眉間にしわを寄せて見返してきたが、今日の主役は分刻みのスケジュール。ホテルスタッフに促されて次のテーブルに誘導されていった。
「やっぱり美野はちゃんとしたら格好いいね」
「今日だけコンタクトだろうな。あいつ眼鏡なしだと0.1以下の視力だし」
シュンは不思議そうに俺を見る。
「へえ、そんなことまで知ってるんだ」
「読書部の頃、そんな話をしたからな」
他愛のない会話だったのに、シュンは顔を曇らせて黙り込んだ。高校時代の話はしないほうがいいのかもしれない。しかし共通の話題はそれしかなく、今の話をすればシュンの生活に及んでしまう。どんな関係であろうが男と住んでいるというのは腹に据えかねるし、何を聞いても傍にいない自分の立場を思い知るだけだ。
「モリに僕のこと聞いたでしょ?」
何の準備もない状態で放り投げられた問いかけ。本当は聞きたくなかった。でもまっとうではない男とどうしてシュンが一緒にいるのか知るべきだ。
「一緒に住んでいる男がいるらしいな」
俺はシュンの顔を見ているのに、相手は会場の中を回る美野を見ている。
「ひどい話だよね」
「人と話すときはこっち見ろよ」
「……いやだ」
シュンの拳は固く握られていて、膝の上で小さく震えていた。カミングアウトした時のことを思い出す。あの出来事で俺の気持ちはガチガチに固まった。7年たった今も成就しないこの想いは消えてくれない。
そっとその拳に手を重ねると、はっとしたように肩が揺れる。
「今度は俺がコーヒー牛乳持って来ればよかったな」
びっくりした顔でシュンが俺に視線を合わせた瞬間に逸らす。潤んだ瞳を見てしまい、抱きしめてやりたかったが、代わりに手をギュっと握る。
「想像よりずっと綺麗になったな……嘘じゃないから」
手の甲に滴がぽたりと落ちた。
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