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⑥
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大量の辞書運びをとりあえず佐和田に任せると、浅海と瀬世はため息をついた。
「……本当、よくも目をつけてくれたなあの優男」チッ、と舌打ちをする。「まぁ、中身は猛獣か」
瀬世は見てわかるくらい怒りを露にしていた。舌打ちの回数が急に増え、唇をよく噛み締めるようになった。
「なぁ瀬世……オレは、どうしたら……」
「……大丈夫。先生がオレから離れなければ」
浅海はこくりと頷いた。
「けど、なんでオレなんだよ……もう」
両手で顔を覆って天を仰ぐ浅海はぶんぶんと頭を横に振った。
佐和田に好かれる理由なんかない。だいたい、今日初めて会ったのだ。どうしてここまで執着されてしまうのだろうか。
――確か、瀬世の時もそうであった。ずっと嫌われているものとばかり思っていたのに、本当はずっと求められていた。どうして自分だったのか、未だにそれは謎だ。
本当はいい子なんじゃなかろうか。話せばわかってくれる子なんじゃなかろうか。
そうやってモヤモヤと考えていると、瀬世が浅海の頭をがしっと鷲掴みにした。
「……先生、アイツは話してわかるような『いい子ちゃん』じゃないよ」
瀬世は浅海の顔を殺意が蔓延っている瞳孔を開きながら覗きこんだ。思わず喉を鳴らす。
「……いい? 絶対、二人だけで会ったら駄目だよ。絶対だ。いいね?」
浅海はまたこくりと頷いた。
心配されているのは正直嬉しい。けれど、自分は紛れもない教師である。生徒に頼って、心配されて、守られる立場であってはならないだろう。
怖い。怖いけれど、教師である限り自分は生徒と真っ向から向き合わなければならない。そうすればきっと、きっと大丈夫な気がするのだ。
お人好しだろうか。でも、そう思わないと自分は今まで教師としてやってはこれなかった。自分を信じて。生徒を信じて。
「大丈夫だよ。オレなら……大丈夫だよ」
浅海はまっすぐに瀬世を見つめた。まっすぐに、真剣に。
「……駄目だ。駄目だよ、先生」
瀬世は浅海の顎を指でくいっと上げた。その瞳はひどく濁っていた。
「……先生はわかってないよ、先生がどれだけ弱いのか。絶対に拒めない、止められない。先生は優しいから。でも自分の立場も大事だから」その声が少しずつ震えていく。「オレの時みたいに、拒めないんだ」
ずきん、と胸の奥の奥を痛みが襲った。
わかってるんだ。瀬世はわかってるんだ、自分が犯した過ちを。そして、不安なんだ。浅海が自分を選んだのは本当の愛なのかって。
確かに強引であった。自分勝手であった。けれど――感じていたのは、純粋な愛だった。
「すまない……オレは、拒めなかったんじゃないんだよ」
浅海は瀬世の頬を両手で包んだ。そのまま続ける。
「最初こそ本当に嫌だったけど、オレは誰かに――お前に求められたのが嬉しかったんだ」
だから、そんな悲しいこと言わないでくれ。
そんな、今にも泣きそうな顔をしないでくれ。
「大丈夫だよ。大丈夫だよ、瀬世」
浅海は瀬世の高い頭を優しく撫でた。愛情のこもった優しく甘い手で。
「――浅海せんせっ、終わりましたよ」
振り返ると、佐和田が――その瞳は浅海が思わず「ひっ」と短い叫びを上げてしまいそうな恐ろしい光を帯びていた――首を傾げてにこりと笑っていた。
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