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⑧
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深夜1時を過ぎた頃だった、浅海の娘の咲から電話がかかってきたのは。
そろそろ寝ようと考えていた時であったので少々苛ついていたが、スマートフォンの画面に写し出された名前を見た瞬間に血の気が引いた。
何かあったらと浅海にすすめられて交換したのだ。だから今まで一度たりともかかってきたことはないのだ。
おそらく、浅海に関してのことだろう。
電話に出ると、咲は酷く焦っていた。時折ずびずびと鼻をすする音が聞こえるので、泣いているのだろう。
瀬世は珍しくも優しく声をかけた。
「……どうしたの。先生は帰ってないの?」
「帰ってきてない……連絡ないし、電話も繋がらないの……っ、どうしよう……!」
放課後に職員室を覗くと浅海の姿はなかった。聞くと、生徒の家に訪問しに行ったそうだ。そして、それは担任を持っていないクラスの生徒の家であった。
なりふり構わずに学校を飛び出して探しに行けば良かった。
間違いなく、浅海は佐和田の家に向かったのだ。あんなに警鐘を鳴らしたのに、浅海は自分を喰おうとする獣の元に易々と出向いてしまったのだ。
きっと今頃――
考えるだけで吐き気がする。考えたくもない、他の男の精液で濡れた浅海なんて。
「……わかった、オレがすぐにそっちに行くから。待ってるんだよ、良いね」
「うん……っ、早く来て、お願い……」
電話を切ると、急いで上着を羽織り、靴の踵を踏みながらも家を飛び出した。
こうなることは容易に予想出来たんだ。予想出来たのに。
――信じてたんだ。恋人として、何より立派な一人の男として、理性と冷静さを保ったまま合理的な判断ができると。
けれど、考えが甘かったようだ。
浅海は本当に優しい男だ。そこがまたたまらなく魅力的なのは確かだ。しかし、それが危うい。優しいからこそ、そこに漬け込まれてしまう。
浅海の家までは遠くはない。瀬世にとってそれは運命的に幸運であった。
行かなくては。咲と二人で警察に行こう。そして、佐和田を警察につき出してやる。
漸く浅海宅にたどり着いた。肩で息をしながらインターホンを連打する。
バタバタと走る音がして、ガチャリと玄関の扉が開いた。中からは泣き散らしたのだろう、ぐしゃぐしゃになった顔の咲が出てきた。
「ぜ、ぜ……っ、瀬世さん……っ!」
「……わかった、わかったから。一回中に入って落ち着こう」
本当に落ち着きたかったのは自分自身だと、瀬世はよく理解していた。煮えたぎった頭ではとてもじゃないが冷静な判断が出来ないと思った。もし、このまますぐに警察に行って佐和田を見つけてもすぐ側で精液にまみれた浅海を見れば、瀬世は容赦なく佐和田を殴りつけているだろう。
冷静でいなければいけない。浅海のためにも、冷静に対処しなければいけない。
「……ごめんね。オレが今日もここに寄ってたら、もっと早く動けてたかもしれない」
「大丈夫……。ありがとう」
咲はずびずびと鼻をすすりながら何回も頷いた。
「……今から警察に行ったらすごく遅くなると思うけど、君が行かなきゃ意味がないから。……大丈夫?」
「大丈夫。……早く行こう。お父さんを探さなきゃ」
咲が立ち上がって玄関へと走っていく。早く父に会いたいという娘の心情が背中から伺えた。
「瀬世さん早く!」
咲が扉を開けると、ゴン、と鈍い衝突音がした。扉が途中までしか開かない。何かが塞いでいるようだ。
「ねぇ……何?」
瀬世は怪訝な顔をして、扉を強引に開けた。すると、塞いでいたものがバタリと倒れた。
「――……せんせぇ」
それは浅海だった。顔は腫れて痣を作り、瀬世が惚れ込んだ愛らしくも美しい顔の面影はどこにもなかった。まるで、息をしていないように動かない浅海に瀬世は絶句した。その場にヘロヘロとへたりこむ。
咲は瀬世の後ろから覗き、父親が帰ってきたことに安心した反面ぼろぼろになった自分の父親に衝撃を受け、わんわんと泣き出した。
瀬世は浅海をそっと抱き寄せた。浅海の身体はすっかり冷えきっていて、本当にぼろぼろだった。
「……ごめんね、先生。ごめんなさい」
守れなくて、ごめんなさい――
瀬世はしばらくの間、ずっと浅海を抱き締めていた。
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