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エピローグ→ユキの場合(3)
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あの夜から数日が経った。兄の様子はずっとおかしい。
僕が無職でぷらぷらしてることについて、全く咎めなくなった。その代わり帰りが遅くなると、泣きそうな顔で僕を抱きしめる。そして僕が布団で横になっていると、こっそりキスをしてくるのだ。
一体どうすればいいのか、僕にはわからない。
…就職でもして安心させようか。
そういうわけで僕は今ハローワークにいる。
『体力を使わなくてパソコンも使わなくて残業がなくて家から近くて月に30万円はほしい!』
と伝えたら、絶句されてしまった。仕方ない。やっぱり僕の持ち味である可愛さとたかり力を活かすためにはアイドルになるしかないな。
そんなことを考えながら、ぽけーっと椅子に座っていたら、隣に座ってる人からちょんちょんつつかれた。
「おい!おいお前!」
「…はい?」
「お前、ユキじゃろ!大きくなったの〜」
「え、誰?」
「はあ〜?わしのこと、忘れたんか?」
妙に馴れ馴れしく話しかけてくる青年に、全く見覚えはない。
「…あ、そうじゃ!前会った時はこの姿じゃなかったのー。えーっと、幼児フォルムじゃっけ?悪魔のままじゃっけ?」
「………」
どうやら変なのに捕まったらしい。無言で席を立つと、青年はしつこく追いかけてきた。
「本当に忘れとるんか?わし、上司さんじゃよ。お前が大好きな043号と一緒におった悪魔」
「………」
「ユキも職探しに来たんか?わしもアオイにニートとか穀潰しとかヒモとか散々言われて来たんじゃよ。人間世界で働く悪魔なんて、世界初じゃろうの!」
「さっきから悪魔、悪魔って…宗教勧誘?そういうの間に合ってるから」
「ふお…?」
そいつはしばらくぽかんとしていたが、ぽーんと手を叩いた。
「そーじゃ!お前、記憶ないんじゃよな!」
「…え?」
もう走って逃げようかと思ったが、予想外の言葉に足を止める。
「043号が魔王になったとき、ユキの記憶を抜いたって言っとったんじゃよ。理由は教えてもらえんかったが…」
「…僕が、記憶喪失……」
「でもな、もはや記憶なんて戻しちゃっていいと思うんじゃよ。043号のやつ、新しい魔王を見つけたって言っとったもんで」
「その、043号って誰なの?」
「んー、まあお前の…保護者みたいなもんかの?気になるなら会わせてやるぞ?」
「…どこにいるの?」
「この世界にはおらん。会いたいなら明日同じ時間にハローワークで集合じゃ」
「う、うん…」
ただの頭のおかしな人なのかもしれない。でも、僕の記憶に違和感があるのは確かだ。変なところへ連れて行かれそうになったら逃げればいい…そんな風に考えつつ、僕はひとまず家へ帰った。
「ただいまー」
玄関を開け、小声でそう言って入ろうとすると、兄がさっと出てきた。
「おかえり。今日は早かったな」
兄は心なしかいつもより嬉しそうだ。たしかに最近は日付が変わってから帰ることの方が多かった。
「兄ちゃんこそ早いね!残業とかしてないの?」
「今日は早く帰れたから」
「ご飯なに?」
「魚焼いたやつ」
「えー!僕、肉がよかったー」
「魚肉で我慢しなさい」
荷物を置いてばたばたと食卓へ向かうと、ししゃもを焼いたやつがどどんと置かれていた。
「兄ちゃんこれ魚肉っていうかほぼ魚卵…」
「はいはい」
「もー…」
ししゃもはもさもさして美味しかった。
「あっそういえば、今日変な人に会ったの」
先ほどのことを思い出し、ふと話題に出してみた。
「へえ…どこで?」
「ん?!えーっと…道で!」
ハローワークに行っていることは、兄には内緒にしていた。就職が決まったら驚かせたいと思っていたからだ。
「どんなやつだった?」
「なんか僕のこと知ってるみたいで、悪魔がどうとか、僕が記憶喪失してるとか…」
「えっ…?」
兄はポロっと箸を落とした。
「兄ちゃん、落としたよー」
「それで?その後はどうなった?」
「え?えっと…明日僕の保護者に会わせてくれるって言ってた。変だよねー。お父さんもお母さんもとっくに死んじゃってるのに」
「…会うつもりですか?」
突然敬語を使われて、背筋がひゅっと寒くなった。反射的にあの夜のことをおもいだしてしまう。
「会うわけないじゃん。めちゃくちゃ怪しいもん」
とっさに嘘をついた。ここで会うつもりだなんて言ったら、兄がどういう反応をするか、怖かったからだ。
「そうだな。そんなやつについてったらだめだぞ」
兄はなんてことないようにそう言って、箸を洗いに流しへ向かった。
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