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1.プロローグ
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俺の名前は藍河(あいかわ)。探偵だ。
探偵と言っても別にドラマのように事件を解決するようなそんな大層な仕事はしていない。
加えて、少し特殊な分野を担当していると言ってもいい。
それはゲイ専門の浮気調査――――。
え?仕事があるのかって?
これが意外に需要があるんだよ。
まだ独立する前に世話になっていた大手の探偵事務所で、極たまにあったのがこの手の仕事だった。
でもこの仕事、普通の浮気調査よりもやりたがる野郎がいない。
リアルな腐った思考の女性調査員なら皆ここぞとばかりに嬉々として調査をやりたがったが、如何せんこういった対象者はゲイの奴らが出入りするバーやホテルを使うことが多いからな。
女性にはちょっと入りにくい場所だ。
そんな時に白羽の矢が立ったのが俺だった。
俺はゲイであることを隠さずオープンにしていたから、こういった依頼はまず自分に回されていたんだ。
で、ある程度需要があると踏んだ俺は独立してゲイ浮気調査メインで仕事をやる探偵事務所を開いたって寸法だ。
これが意外にも大当たりで、元々所属していた事務所からだけでなく他の探偵事務所からも仕事を回してもらえるようになった。
だから今の所自分を含めたゲイの調査員五名と腐女子調査員五名の計十人の事務所ながらそこそこ売り上げを上げることができている。
さて…今日はどんな仕事が舞い込んでくるだろうか?
それが今から楽しみだ――――。
***
「所長!藍河所長!」
「んあ?」
朝から事務所のデスクで目を覚ました自分に、調査員の菊野が呆れたようにため息を吐くのが聞こえた。
「もうっ!また深夜までお仕事なさったんですか?途中で交代してくれてよかったのに!」
「いや。でも結構激しくパンパンやり合ってたから、菊野たちに見せるのはまずいかな~って…」
そう。写真を撮るのはいいんだが、昨日の奴らは外でなかなか激しいプレイをしていたからあんな姿を女性に写真に撮れとは所長として言い難かったのだ。
「そんなこと言って…この間だって代わってくれなかったじゃないですか。あの時って特殊だったって言ってましたけど、一体どんなプレイだったんです?」
「……」
ネコ側が奴隷みたいにクソ食べさせられてたんだよとはさすがに言えない。
「ん~?この間のは…まあSMプレイみたいなもんかな?菊野は知らなくていいよ」
「もうっ!伊達にBL本読み漁ってるわけじゃないんですよ?許容範囲は広いんですから、なんでもどんと任せてください!」
「ありがとう。そう言ってもらえたら嬉しいよ。今度はちゃんと(厳選して)頼むから」
「本当ですか?絶対ですよ?」
そうしてやっと菊野は自席へと戻っていった。
彼女の言い分もわかるのだが、正直彼女達の知っているボーイズラブの世界と現実は大きく違うのだと少しはわかってもらいたい。
現実はあんな綺麗な美形×美形のカップリングなんてそうそういないし、やってることだって生々しい。
モザイクなんて当然かかっていないし、すね毛やあそこにだって毛は生えてるし、やってる声だってあんな本みたいに可愛らしいものばかりではない。
だから一応自分なりに彼女達の夢を壊さないようにと仕事を選んでやっているつもりなのだが――――。
「所長!お疲れ様っす!」
そんなことを考えていると、男性調査員である水野と今原が出勤してきた。
この二人は恋人同士だから大抵朝は一緒に通勤してくる。
それは別に構わないし、仕事もきっちりこなしてくれるから何の問題もない。
ただ…夜の呼び出しでつかまらないないことが多いと言うだけで……。
「昨日はすみません。着信に気付かなくて…」
確信犯のてへぺろか。
まあいい。
こいつらが出勤したら帰って寝ようと思っていたから、その通りにさせてもらうだけの話だ。
「別に構わないが、この後仮眠しに帰るから、今調査に行ってる狩野と鈴木から連絡が来たらメールをくれ」
「了解でっす♪そう言えば菊野以外の他の調査員は?」
四名いないですよと言われ、新谷と有井は元々の有給、永瀬が忌引き、栗林が病欠だと教えてやった。
「ああ、そう言えば二人は旅行に行くって前に言ってましたね。にしてもこのタイミングで忌引きと病欠か~。菊野も災難ですね」
「そうだな。デスクワークが進まないだろうからできるだけ手伝ってやってくれ」
そう指示だけを出して俺は事務所を後にし、近くの自分のマンションへと戻った。
「はぁ…」
ドサッとベッドに身を投げ出し、昨日の奴らのセックスを思い出す。
昨日の奴らは会社の上司と部下で、その前に調査していた奴らとは違い健全なお付き合いという感じだった。
まさに好きあってるという感じで、それ故に我慢しきれず盛り上がって外で盛ってしまったという流れだった。
正直羨ましいなと思う。
自分もゲイだが、実は今彼氏はいない。
自分だってあんな風に盛り上がれる恋人が一人でもいればもっと仕事に身が入るだろうなと思うのだが…現実は早々甘くはないのだ。
「ちっ…」
とは言え昨日のカップルの上司の方のもう一人の相手――――依頼人だが、あそこまで好きあっているなら捨てられるのも時間の問題だろう。
これで気持ちが吹っ切れて前を向くことができるのが一番だが、報告を受けて修羅場に突入なんてこともザラにあることだけに少し気の毒な気がした。
(まっ…俺には関係ないけどな)
自分は粛々と仕事をこなし、依頼人に報告をすればいいだけだ。
そう思っていたのに―――――。
「は?」
「だから!この二人を別れさせてください!」
依頼人は報告書に目を通すなり、凄むように自分へと言い放った。
一体どういう了見なのか…。
「いや…我々の事務所ではそう言った仕事はお受けしていないんです。申し訳ありませんが他を当たってください」
ふざけんなという言葉を何とか飲みこみ、笑顔で事務的にそう告げてみるが依頼人の方は引き下がらなかった。
「今現在受けてないだけなんだろう?これを機に仕事の幅を広げたらいいじゃないか!仕事第一号と思って受けてくれよ!」
何と言う無茶ブリ。
こんなに話の通じない奴も珍しい。
「……申し訳ございません。我々も他の仕事で忙しいもので……」
「じゃあ他の仕事がなくなるように協力するから!」
てめぇ…営業妨害するつもりか?
ふざけんじゃねえ…。
怒りに思わずこめかみに青筋が浮かぶ。
「お客様?―――――お引き取り下さい」
背中に吹雪を背負いながら蔑むように睨み据えてやると相手はビクッとなりながらようやく引き下がった。
それを見た菊野が何故か部屋の隅で『出たっ!所長の絶対零度♡そこに痺れる憧れる~♡』などと身悶えているが知ったことではない。
厄介な相手はとっととお帰り願うに限る。
そう思っていたのに、目の前の彼はその場でボロボロと涙をこぼしながら泣き崩れた。
「うわぁああああっ!」
可哀想だとは思うがこればかりは仕方がないではないか。
だから暫く泣かせてやろうと思って黙って見てやっていたのだが、ひとしきり泣き終えた男がこちらをギッと睨み付けた。
「信っじらんねぇ!慰めもしないのかよ」
ピキッ……。
「普通探偵ならここで憐れに思って『じゃあ一肌脱ぎましょうか』とか言うんじゃねぇの?『初めてなので期待はしないでくださいね?』とか言ってさ…」
何それ?ドラマの見過ぎじゃね?
「何だよ最悪!何様のつもりだよ」
そりゃあこっちのセリフだよ!
お前の方こそ何様だ!
こんな性格悪い奴、向こうだって別れたくもなるだろうよ!
「あ~あ…もう本当にこんなところに依頼するんじゃなかった…!」
その言葉が決定的だった。
「このクソガキ…。てめぇの処分を今決めた。今日から俺の下僕決定だ。探偵舐めんなよ?てめぇの情報裏の裏まで調べ上げて、二度と表を歩けないようにしてやんよ」
ドスを利かせてそう言ってやると、やっと自分の立場が分かったらしく、そいつはブルブルと震えながら腰を抜かした。
「わぁ♡所長のその極悪顔、久しぶりに見ました♪美形が凄むと迫力ありますよね~♡」
菊野の間抜けな声がその場に響くがそんなことはどうでもいい。
「そこに居るようなのは下僕で十分ですから、早くお似合いの美形な彼氏を作って私達の目を楽しませてくださいね♡」
そんな言葉にとどめを刺され、目の前の男はこちらに謝り倒してきっちり代金払って帰っていった。
なんだかんだと菊野も性格が悪い。
とは言え念には念を入れて裏を調べはするが、きっとその情報はまた机の中の極秘ファイルに入るだけで終わるだろう。
何かあった時の保険…ただそれだけの事。
「チッ…あんな奴即刻捨てられろ!」
「もうっ!所長ったら相変わらずですね~。そのドSなところをもっと前面に出せば彼氏だってすぐにできるでしょうに」
そうやってぶぅぶぅ文句を言ってくる菊野には物申したい気持ちでいっぱいだ。
「俺が欲しいのは『普通に』俺を愛してくれる彼氏なんだよ!ドMの彼氏なんて願い下げだ!」
そう。自分に彼氏ができないのは偏にこの性格のせいなのだ。
言動が何故かドS認定される所為かまともな奴が寄ってきてくれない。
「俺はこんな性格大嫌いだ!!」
「またまた〜♡自分大好きの裏返しのく・せ・に♡」
「ふざけるな。減給するぞ」
「ほらすぐそうやってドSになる。説得力皆無ですよ♪」
こうして調査員と戯れながら、今日も今日とて仕事をこなす。
願わくば、この仕事を通してまともなゲイに出会えるといいなと…そう思いながら。
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