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情報 壱
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奏が、狂った。
そんな事実を突きつけられたら、どう反応していいのかわからないという以前に、単純に怒りが込み上げて来るだろう。
実際、そうだった。
その怒りに身を任せれば、自分が殺人犯になってしまうようで、とても怖かった。
せっかくヤクザの家を出てきた意味が、無くなってしまうきがしたのは、決して間違いではない。
しかし、それ以上に、今まで奏の前でさんざん逃げてきたのに、いつもの自分で無くなってしまっては、奏に示しがつかないような、なんとも不安な気分になったのである。
薄暗い廊下で、蛍光灯が今にも切れそうに点滅しているのを、考えるの一点に集中して眺めていた。
色褪せた壁さえもモノクロに見えるのに、何の違和感も無いのはきっと自分も可笑しくなってしまっているからだ。
壁にもたれかかって、俯いた。
土足がいつの間にか汚れてしまっていて、まるで自分を写す鏡のように思えた。
靴が綺麗な人間は出世する等というが、そんなものはデマな気がした。
人間として、出世など一つも出来なかったのだから、当たり前かもしれない。
辺りの空気が一層どよんでみえた。
深い霧に呑まれるように、怒りの感情が音もたてずに渦巻いている。
見ているだけで気分の悪くなる月光が、よりによって奏になにをしたというのだろうか。
坂口にとって、月光は死に至らせるべき存在へと変わり、いつの間にか愛情が奏から逃げていく感覚がした。
「奏、月光に一体何されたんだよ・・・」
奏を今まで守ってきたというのに、よりによってなんであんな輩に奪われなければならないのか、そう考えるとどうしても拳を何かに打ち込みたくなる。
とはいえ、そんなことをしたとしても虚しくなるだけだとわかっているので、そんな行動はおこさなかった。
ただじっと壁の一点の汚れを見つめ、ただひたすらに考える。
__俺がもっと強ければ奏は変わらずにすんだのかよ?
でも月光の事だ、何かしらの策があって、俺達を陥れようとしているのは目に見えているし、絶対これからも仕掛けてくるに違いない。
やっぱり潰すのが一番早いんだろうけど、マスター同様情報だけは持ってるし、行動力も黒川とやってた違法集団で鍛えられてるんだよな。
なりゃどうすりゃいい。
親父んとこの人員で袋叩きにするのは、ヤクザから逃げてきた俺が絶対にしちゃあいけない事なんだよな。
何でも屋で作ったツテには余計な虫がたかっちまうし、銅の行動も無視できねぇんだよな。
継がなかったとはいえ、やはりヤクザの息子とだけあって、頭も回り周囲もきちんと見えてはいた。
しかし、欠点があるとすれば、それは奏というピースが欠けたらこの人間は生きていけないという点だろうか。
__奏、俺の大好きな、奏。
お前にはもう、なんだってやるから、だから。
俺の好きな姿で居て。
もう捨てられないものを、坂口は持っていた。
奏へのこの愛、そして奏。
そして、命。
戦いには下準備がいる。
ビルの出口へとコートを翻すように早足で向かった。
とにかく力が必要だ。
情報という名の、力が。
カツカツとブーツの音が響く。
廊下はもう冷たさを忘れ、坂口の心の火を帯びて寧ろ熱く燃え盛っているかのようだった。
一歩一歩に、言葉に表せないような、悔しさと怒りを滲ませた覇気を纏わせている。
まるであの雪の日にタイムスリップしたかのように、あの時のままの強い坂口がそこには居た。
「また雪か」
金切声をあげるドアを開けると、雪が無音でゆったりと降り注いでいた。
手のひらはそれを呼んではいないというのに雪は降り、その無情な冷たさにチリチリと胸の焦げ付く思いがした。
奏はまたあの時のように成りつつある。
無性にそんな気がしてならないのだ。
あの日の孤独な彼になどなってほしくはない。
坂口は傘もささずに雪のなかを進む。
もう彼は、誰かのために差し出す傘も、持ってはいなかった。
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