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郁人と角松と藤沢-4
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「息子にお金を送りたいんだ。俺の体からはすっかりアルコールは抜けた。だから仕事を探すよ」
翌る朝、突然の打ち明け話に角松も藤沢も驚きすぎて、しばらく言葉さえ出てこなかった。
「お前……息子がいたのかよ。その子は今どうしてるんだ!何歳だよ!」
そこで妻をなくし、酒に溺れた郁人が寂しさのあまり妻に似た息子に手をかけそうになったこと、そして家を飛び出して自殺に失敗し角松に拾われたこと、息子は現在11歳で一人で暮らしていることを苦しそうに話した。
「11歳って!お前何考えてんだよ」
郁人は角松に殴られた。藤沢が懸命に止めようとしたが角松の怒りは収まることが無く、郁人は逃げずに拳を受けた。アルコールが完全に抜けて思考がクリアになった郁人は、自分がいかに軽率だったかを思い知ったのだ。
「お前がそんなやつだとは思わなかったぜ。すぐに家に帰ってやれ!」
郁人は角松の家から追い出され、少ない荷物も放り出された。
藤沢が道路に転がった郁人に一緒に付いて行くからと言って、郁人を起こそうとしたのだが頑なにそれを拒んだ。
角松の家の近くの公園でしばらく説得をした藤沢だが、郁人はあくまで仕送りをしたいが顔は見せるわけにはいかない、隼人が自分に会って恐怖に顔を歪めるのを見るのが怖くて出来ないのだと拒み続けるので、どうしたものかと困り果てていた。
その時角松が近づいて来て、さっきは殴ってすまなかったと謝って来た。郁人は殴られて当然だと言うと居ても立っても居られなくなり、顔を合わせることは出来ないが隼人の様子が見たいと言い、恥を忍んで電車賃を貸してくれと頼んだ。
それを聞いた角松は無言で軽自動車に郁人を押し込むと、藤沢も乗り込んで郁人の自宅へと急いだ。
「郁人くん……君がやってることは育児放棄なんだ。児童虐待だよ」
「そ、うだな。俺はなんてことを……」
「郁人!本来ならお前を警察に突き出したいところだが、チャンスを与えてやる」
「分かった。すまなかった……隼人に謝って戻るよ」
「あたりめえだろ」
ようやく目が覚めた郁人に内心ホッとした角松と藤沢は、これからの親子に出来る限り力になろうと決めていた。
しかし時すでに遅し、隼人が先日保護されていたことを知り、感情を失くした痩せた少年とニュースで報道されたものを見て愕然とした郁人は、自分が許せず心を閉ざしてしまった。
その日から郁人はふらりと出て行くと、何日も戻らないことが多くなった。角松は特に意見を言わずそっと見守っていたのだが、あまりにもやつれて生きた目をしなくなった郁人のことが心配で、彼を何とかして立ち直らせたいと思っている。
何も進展しない内に時間だけが過ぎるのをもどかしくなった角松が、郁人を心の専門医に連れて行こうと決心した矢先、郁人の兄が弁護士を連れてやって来た。
心配した藤沢が久々に郁人の兄に連絡を入れ、話し合うように説得をし角松の住所を知らせたのだ。
郁人の兄は弟の安否を気づかい興信所に頼んで探し続けていた。
しかし結局は弟を許せなかった兄に、正式に養子となった隼人の前には二度と顔を出さないようにと約束をさせられる結果に終わってしまう。
郁人の家は兄が管理していたらしく戻って住むなり売るなりしろと言われたが、同席した角松がもう少し管理を続けてくれないかと願い出た。
「今一人にしたら、郁人は立ち直れねえ。もうしばらく俺がこいつを預かりたいんだ」
角松の申し出を聞くと郁人の兄は張り詰めていたものを和らげて、こちらこそ申し訳ないと謝罪して帰って行った。
その晩くすんだ夜空に鈍く光った月を見上げ、郁人の嫁……隼人の母親にすまないと謝った郁人は、自分も生まれ変わろうと決心した。
翌日自ら心療内科を受診して薬を処方してもらうと共に、角松の勧めでカウンセリングも受けることになった。薬合わせに時間が掛かり波はあったものの、一年後には随分と良くなって医師からは働いても問題は無いと判断されるまでに回復することができた。
早速角松に知り合いのうどん屋で雇ってもらいたいと頼み込み、週に六日間シフトを入れてもらうと皿洗いから始まり、掃除に仕入れ、出前と引き受けたものは何でもこなし、我武者羅に働き続けた。今では調理も任されている。
そして角松が受け取らないといくら突っぱねてもこれはケジメだと言い張り、家賃、光熱費、食費を入れている。
学園の理事長を務める藤沢も忙しい合間を縫って郁人の様子を見に来るようになり、確実に前を向いて歩く郁人の姿に安堵した。
「こんばんは、ちょっと良いかな。今夜は話があるんだ」
藤沢が緊張した面持ちで角松の家を訪れると、隼人が自分の学園に入学したことを報告し、郁人の兄が連れて来た隼人の様子を伝えて悲しげな表情をした。
郁人は途端に会いたくなったが、ぐっと堪えて隼人を頼んだとだけ言うと、藤沢に深く頭を下げた。
それからはこの三人が集まると自然と隼人の話題になり、最近では友達も出来てマイペースにやっているとのことで、郁人の気持ちは随分と楽になっている。
出不精の郁人が隼人の学園編入と共に、駅前や繁華街をうろつくようになったのを切なげな目で見ていた藤沢だが、隼人が外出しないことを告げると郁人はガックリ肩を落とした。
それでもこの街に現れた時は影からそっと見守りたいと思い、休みになるたび同じ年頃の青年達に目を向け、知らず知らずのうちに隼人を探す日々を送っている。
そして今日やっと会えたのだが、気の弱い郁人は思わず逃げ出してしまったということだった。
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