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その夜、勇者ライがオレの部屋に面会に来た。
何の用かと思ったら、凱旋のことで相談したいことがあるらしい。
「相談? 何だ?」
部屋に招き入れ、ソファに座らせて問うと、ライはキョドキョドと視線をめぐらせて、部屋の中をうかがった。
「何だ? オレしかいないぞ?」
「はい……」
オレの言葉に、ギクシャクとうなずくライ。油断なく周りを伺うのは別に悪いことじゃないけど、警戒し過ぎだろうと思った。
魔王を斃す旅は、そんなに警戒しなきゃいけない毎日だったんだろうか?
神経をすり減らしたような、ボロボロの3人のことを思い出す。
ライの話って何なんだ? やっぱり、凱旋に出たくないって事なのか? そう感じたオレの予想は、半分当たりで半分外れだった。
「あの……凱旋するのは、オレだけにしてください」
ライは震える声でそう言って、他の2人の解放を願った。
「ルナとヒューゴには、故郷で結婚して、幸せになって欲しいんだ」
とつとつと訴えながら、ライがヘイゼルの目をまっすぐオレに向ける。
「オレは……どうなっても構わない、から」
って。ライの頭には、とにかく仲間の2人の幸せしかないようで、その絆をちょっとうらやましく思った。
「どうなっても? じゃあ、一生国に仕えろって言われたらそうするのか?」
「国が望むなら」
こくりとうなずく様子にためらいは見えない。
凱旋する主役の人数と、勇者の士官の確約と、どっちが国にとって重要かは、天秤にかけるまでもなく明らかだ。
オレの独断で決めていい事じゃないが、彼を側に置けるとすると、父王も多分「許さん」とは言わないだろう。
「分かった、明日父王陛下に手紙を書く。魔法使いのルナに、それを王宮まで送らせろ」
オレがそう言うと、ライはあからさまにホッとして、「よかった」と眉を下げた。力が抜けたようにソファにもたれる様子を見て、さっきまでの緊張ぶりに苦笑する。
「まあ飲めよ。乾杯だ」
目の前にグラスを置き、上等な赤ワインを注いでやると、ライはキョトンと目を見開いて、グラスとオレとを見比べた。
もう1個のグラスにもワインを注ぎ、手に取って軽く掲げる。
「勇者の凱旋に」
短い口上と共に、グラスをぐっとあおる。向かいに座ったライも、つられるようにワインを口にして――飲み慣れなかったのか、ケホンとむせた。
「なんだ、酒に弱いのか?」
くくっと笑いながら訊くと、どうやら自分でもよく分からないらしい。今まで、ろくに飲む機会がなかったとか。
「海渡ってからは、ゆっくり食事もできなかったし。酒なんて」
さらっと語られる旅の実情に、過酷さがうかがえてドキッとする。
そういや、向こうの大陸に真っ当な宿屋なんかあるんだろうか? 魔物はどこにでも出るし、こっちの大陸にだって未だにちょろちょろと出るけど、魔王の巣食ってた辺りに人間が住めたとは思えない。
「もしかして、向こうではずっと野宿か?」
「ずっとじゃないけど、ほとんどそう」
大勢でたき火を囲んで、テントを張り、交代で見張りして――。そう懐かしそうに語ってから、ヘイゼルの瞳がふいに揺らぐ。
仲間を大勢失くした今の彼に、旅の話は禁句かも知れない。
「ともかく、飲め」
話の流れを誤魔化すように、ワインボトルを傾けてライの手元のグラスを満たす。
ライは黙ったままそれに口をつけ、ほう、と小さく息を吐いた。
2杯目のワインを飲み終わる頃、コンコンと部屋のドアがノックされ、侍従が中に入って来た。
「殿下、騎士団から報告が」
侍従の言葉に、「分かった」とうなずく。
「悪いけど、ちょっと出て来る。よかったら、残りは全部飲んで行け」
ライに声をかけ、返事を待たずに廊下に出る。ライの顔はすでに真っ赤で、やっぱり酒に弱そうだなと思った。
騎士団の団長から定期報告を受けた後、幾つかの書類をチェックして。再び自分の部屋に戻ったのは、3~40分程経ってからだった。
もうライは自分の部屋に帰ってるだろうか?
それとも、律儀にオレが帰るのを待ってるかな?
少し楽しみに思いながら、ノックも無しに部屋のドアを開ける。ソファを見ると、背もたれの向こうに麦穂色の頭が見えて、待ってたか、と嬉しくなった。
「悪い、待たせたな」
声をかけ、ソファの方に足を進めてライの肩をぽんと叩く。
思ったより細い肩だ。
そう思った瞬間、彼の体がぐらっと斜めに傾いて、そのままソファに転がった。
「おい!?」
ギョッとして手を伸ばしたオレの耳に聞こえたのは、規則正しく深い寝息。
酔ったのか。それとも、疲れていたのか?
一瞬、侍従を呼んで部屋まで誰かに運ばせようかと思ったけど、まあいいか、と思い直す。
せっかく寝てるんだし、このソファは結構大きい。小柄な勇者が横になっても、そう窮屈じゃなさそうだ。
「まったく……仕方ないな」
苦笑して、上から予備の毛布を掛けてやる。
オレが風呂に入り、寝支度を整えても、部屋の明かりを消しても、ライはソファに倒れ込んだまま、ぐっすり眠ってるようだった。
柔らかな髪を軽く撫で、「お休み」と囁く。
ライのうなされる声に気付いたのは、それから間もなくの事だった。
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