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間もなく侍従が、さっきの宮廷医を連れて戻って来た。
「ライの熱が、また上がってる」
オレの言葉を聞き、ライの額に手を当てる医師。けど意外にも宮廷医は首を振り、これでも下がった方だと言った。
「これで……!?」
ビックリして、ライを見下ろす。
オレに背を向け、丸くなって横たわる彼の体は、相変わらず熱い。だが、昨日の晩はもっと熱かったという。どれ程の熱だったのか、想像してゾッとした。
宮廷医は一緒に連れて来た従者に指示し、ベッドサイドに置いてあったタライの水を、冷たいものに換えさせている。
「この部屋付きの使用人はどうした?」
「確認して参ります」
一礼して、侍従が再び部屋を去る。
「勇者殿のうなされたお声を、聞かないようにという配慮では」
去り際に宮廷医が漏らした呟きに、なんだか落ち着かない気分になった。
宮廷医が去り、オレの侍従が戻らないまま、再び客室に2人になる。
ライは額の上に濡れタオルを乗せられ、仰向けに大人しく寝ているが、微妙に顔が向こうを向いていて、ちょっと気まずそうに見えた。
泣き顔を見られて恥じてるのか、それともさっきの絶叫のせいか?
けど、オレも少し気まずく思ってるし、その辺はどうしようもないだろう。
「……辛くないか?」
ぼそりと訊くと、「……はい」と小さく返事をされる。その声は掠れていて、やっぱりちょっと震えていて、大丈夫そうには聞こえなかった。
彼のために、一体何ができるんだろう?
「破魔の剣」に選ばれたというだけで、子供の頃から努力して、実力をつけて、ボロボロになりつつも魔王を斃して――その後もまだ、1人戦ってる彼に。オレは、何をしてやれるんだろう?
「ノドは、渇いてないか?」
無言のまま首を振るライに、「腹は?」と重ねて問いかける。それにも首を振られたけど、ふと、厨房から貰って来た桃のことを思い出した。
ぐるっと客室を見回すと、桃はテーブルの上にカゴに盛られたまま置いてある。
「桃、食うか?」
「……も、も?」
掠れた声で問い返され、正直なところホッとした。
「ああ、美味いぞ」
カゴの中から1個取り出し、ベッドまで持って来てやると、ライはくんくんと犬のように匂いを嗅いで、引き結んでいた口元を緩めた。
「甘い匂い……」
呟きと同時にぽろっと涙もこぼれたけど、気付かない振りで背を向ける。侍従に剥かせようと思ったが、どこまで確認に行ったのか、まだ戻る様子はない。
仕方なく護身用のナイフを取り出し、桃の皮に軽く当てる。
左手の指が、ずぶっと果肉に埋まって、ドキッとした。
桃って、こんなに柔らかかったっけ? 果物の皮なんか今まで剥いたこともないから、よく分からない。
軽く刃を当てただけで、薄皮がぺろりと剥ける。
それを床に落とし、白い果肉にナイフを押し当てると、大して抵抗もなく、刃先が果肉にずぶずぶと埋まった。
甘い芳香が立ち込める。
透明な果汁が指を伝い、手首までつうっと伝い落ちる。
ベッドに目を向けると、熱っぽく頬を染めたライの顔が見えて、息が詰まった。
「ほら」
切り取った果肉を差し出すと、ライはもそもそとわずかに身を起こし、無防備にぼうっとオレを見上げた。
さっき、嗚咽を漏らしてた唇が小さく開き、オレの差し出す果肉をくわえる。
指先に唇が軽く触れた瞬間、また心臓が跳ね上がった。
大き過ぎた果肉を咀嚼する口の端に、透明な果汁が一筋こぼれる。あっ、と思ったけど、両手は生憎塞がってて――。
ふらっと引き寄せられるまま、その甘い果汁を舌で舐めとった。
びくっとライの肩が跳ねる。
薄く開いた唇はピンクで、甘い桃のニオイを振りまいてる。誘われるままそこに口接けると、ライは「ふあっ」と色気の欠ける声で喘ぎ、ばったりとベッドに沈んだ。
そこで侍従が戻って来たのは、幸いだったのかも知れない。
侍従に連れられてやってきた侍女に、「剥いてやれ」と掴んでいた桃を差し出す。
「殿下」
呆れたような声で侍従に注意され、果汁でべとべとになった両手を、タライの水で洗われた。その水はタライごと部屋付きの侍従に渡されて、ガランとしてた客室に、一気に人の気配が満ちる。
ライの視線をビシバシと感じたけど、なんだか妙に疾しくて、その顔をまっすぐ見られなかった。
「ゆっくり休めよ」
声をかけて視線を向けると、ライはまたオレに背を向けて、小声で「はい……」って返事した。
気まずい空気、気まずい沈黙。
水で洗ったばかりなのに、桃の果汁の甘い匂いが右手に絡み付いてる気がする。
こんな、桃が柔いとは思わなかった。
勇者ライが、こんな無防備だとは思ってもなかった。怯えたハリネズミのように毛を逆立て、周りの様子を伺っていたのに。熱のせいか?
それとも、オレが敵じゃないと分かってくれてるんだろうか?
「来週の孤児院への慰問は、中止させるから。安静にな」
決定事項として言い渡すと、「えっ!?」と驚かれたけど、熱が高いまま慰問されても逆に気を遣わせるだろうし、意味がない。
弱っている勇者の姿など、国民は求めていない。
「孤児院の子供たちに、剣さばきを見せられるくらい、体調が戻ったらな」
言い聞かせるようにキッパリ告げ、返事もきかずに背を向ける。不服そうだなと思ったが、ここで甘い顔をする訳にもいかない。
「かしこまりました……」
臣下のようにぼそぼそと返事されて、なぜだろう、胸が痛んだ。
それが何なのかは分からないが、小さな感情にいちいち名前を付ける程暇じゃないし、そんなことに意味もない。
侍従を従えて、廊下に出る。妙に落ち着かない気分になって、自然と足が速まった。
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