アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
13
-
一緒に寝るようになってから、ライは夜中に起きなくなった。
酒のせいかと思って、試しに乾杯なしで寝てみたが、あまり関係ないようだ。悪い夢を見てうなされることもないし、飛び起きて絶叫することもない。
ただ、酒を飲まずに寝た夜は、なかなか眠気が来なかったようで、ベッドの中でいつまでも落ち着きなくもぞもぞしてた。
「眠れないのか?」
ぼそっと訊くと、背中向けたままこくりとうなずかれる。
「体力が、多分余ってて」
体を動かしたいとほのめかされれば、確かにな、とも思う。熱も下がったし、食欲も戻った。一緒に庭を散歩しても、もうふらつくこともない。
あまり部屋の中に閉じ込めて置くのもストレスになるかも知れないし、多少の運動は必要かも。
けど、野放しにしてまた無茶されたらと思うと、さすがにちょっと心配だ。
誰か、騎士団長にでも監視を……? いや、やはり自分の目で大丈夫かどうかは確認したい。
「じゃあ、オレの目の届く範囲で、少しずつな」
オレの提案に、ライがうなずく。
そのくらいで妥協するのが、丁度いいように思われた。
最初は中庭で始めた素振りだったが、翌日には騎士団の訓練所に移動することになった。
ライが剣の素振りをしてるのを見ると、オレも一緒にしたくなる。
騎士を目指す程には真剣に習った訳じゃないが、オレも一応剣術の指南は受けていた。運動としての打ち合いくらいはいいだろう。
練習剣を用意させ、騎士たちの見守る中、ライと軽く剣を合わせる。
オレを気遣ってか、手加減しまくりなのが丸分かりだったが、魔物を倒す時に見た、あの身体能力で向かって来られても困るし。軽い基礎練程度で十分だ。
やはり病み上がりだけあって、息が上がるのも早かったようだが、久々に汗を流してライはとても楽しそうだった。
「明日もやりたいです」
そう言われれば、無下に「ダメだ」とも言いにくい。
朝の涼しいうちに1時間ほど稽古するのを、日課にしてもいいなと思った。
オレたちのその稽古が、どうやら知れ渡ったらしいと気付いたのは、その週末、侯爵家で開かれた夜会でのことだった。
当然勇者ライも招待されていたが、それはオレが却下した。
夜会だと色んな連中が挨拶に来るし、ずっと見張っていられない。侍従や侍女、近衛騎士たちに見張りを頼むとしても、貴族たちの方が身分は上になるから、口出しもできないだろう。
女達に囲まれてダンスダンスダンス続きで、また倒れられても困る。他国の息のかかった女に、空き部屋に連れ込まれて……といった恐れもある。
王宮主催の夜会なら、会場をうろつく人間を厳選することもできるけれど、貴族家主催の夜会だと、オレが全部を管理する訳にいかない。
「お前は留守番だ」
と、ライに宣言するしかなかった。
結果的にそれは正解だったようだ。
「勇者殿の体調もよくなられたそうですね」
オレの顔を見るなり、ライの話題を振って来る者が異様に多い。
純粋に心配してというより、あれこれ思惑がありそうなのも丸分かりで、それらを躱すだけでうんざりした。
「おお、では是非とも次の夜会で……」
「夜が無理なら、お茶会からでも……」
等々と。
勝手に決めて来るなという話だ。
ライとの縁談を、まだ狙っている者も多いようだ。さすがに他国の大使などの姿は見えなかったが、隣国に姉が嫁いで……とか、そういう縁故を持っている者も結構多い。
「勇者殿は、いつまで殿下の隣のお部屋にお住みなのでしょう?」
そんなことを訊いて来る者もいた。大きなお世話だ。
ライが、誰かとの縁談を受けるなどと考えると、イライラが募る。女は勿論、男でも有り得ない。
そう考えて――なんとなく、自分の気持ちが分かった気がした。
もう独りで泣かないで欲しい。オレの側で笑って欲しい。照れくさそうな笑顔が見たい。あの白く細い体を、震える魂を、オレが側で守りたい。
時々ぼうっと過去を見る、あの昏い目に光を灯したい。
同情かも知れない、そうじゃないのかも知れない。自分の気持ちは分からない。ただ、いつかは「殿下」じゃなくて、名前で呼ばれたいと思った。
きらびやかな夜会の会場に立ち、大人しく留守番しているだろうライを想う。
もう晩餐は取っただろうか?
独りで? そう考えると悪かったなと思わなくもないけど、もし誰かと一緒だったらと思うと、ソワソワ落ち着かない気分になる。
本来は、オレの正妃のための部屋だ。そこに近付けるのは、両親や弟ぐらいなものだと思うが、それだって安心できない。
くだらない夜会などさっさと終えて、ライのいる部屋に戻りたい。
オレの不機嫌が伝わったのだろうか? じきにくだらない話をしに来る貴族もいなくなって、その点は気分が楽だった。
夜会を終え、馬車に乗って王宮に帰ると、当たり前だが部屋の明かりは消え、しんと静まり返っていた。
「ライは?」
夜会服を脱ぎながら侍従に訊くと、一応大人しくはしていたらしい。
いつもより酒を飲む量は多かったようだが、食事もちゃんと取ったし、素直にベッドに入ったようだ。
取り敢えず、勝手に無理して倒れてなかったことに、ホッとした。
ざっと入浴して夜会の不快なニオイを落とし、夜着に着替えて寝室に向かう。
そうは言っても、そんなすぐには眠くならない。気持ちが休まるまで窓際のソファに座り、侍従に用意させたワインを静かに傾ける。
ライは無防備な寝顔を晒していて、それを眺めているだけで頬が緩んだ。
「ん……」
と、ライのうめき声が響き出したのは、2杯目の酒を飲み終わる頃だ。
「ライ?」
声を掛けてベッドに近寄り、その顔を覗き込む。
ライの大きな目は固く閉ざされ、眉間に2本のシワが入っている。
「ん……あ、う……」
苦しそうにうめく姿を見て、胸が痛んだ。
見ていられなくてベッドに入り、ぎゅっとライの体を抱き締める。
「オレがいる! オレがいるから!」
自分でも、何を言ってるのか分からない。悪夢にうなされるライに、聞こえるとも思えない。ただ、言わずにはいられなかった。
「ライ、大丈夫だ」
頭に浮かぶ言葉を、そのまま口に出して告げる。
うんうんと唸りながらもがくライの、細い体を腕に抱く。
いつまた飛び起きて、絶叫するかと思うと、ヒヤヒヤした。オレの手をすり抜け、枕元に隠した「破魔の剣」を抜き、いもしない魔物と戦おうとするんじゃないかと。緊張した。
「ライ……大丈夫だ」
もがくライを抱き竦め、唸り声を漏らす唇を唇で封じる。
悪夢に溺れるライの口内はひどく苦くて、それにもまた胸が痛んだ。舌を差し込み、唾液を送り込み、口中をくまなく愛撫する。
「ライ……」
キスの合間の囁きに、応えはない。
だが、やがて苦かった舌が甘くなり、うめき声にも甘みが差した。
「あ……」
かすかな声と共に、長いまつ毛が震えてヘイゼルの瞳が覗く。涙のせいか、その目はうるうると潤んでいて、宝石のように輝いてる。
「ライ、起きたか?」
問いかけると、ライは大きな目をゆっくりと巡らせ――それからオレを見て、ふっと小さく息を吐いた。
うなされて歪んでいた口元が、ほんのり笑みの形に緩む。
愛おしさがこみ上げる。
だが、「好きだ」と告げるより早く、ライの意識は沈んだらしい。間もなくすぅすぅと無防備な寝息を立て、彼の体が弛緩した。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
13 / 20