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まとわりつく子供らを振り払い、ライが高くジャンプする。
地を蹴り、宙を蹴って一瞬で魔物の真上に到着し、輝く「破魔の剣」を両手で掴んで振り下ろす。
一瞬の光刃。直後、縦半分に斬られた魔物が霧散した。
騎士たちが手こずっていたのが嘘のような強さだ。相変わらずライは凄い。「破魔の剣」の威力も凄い。
悲鳴を上げて逃げ惑っていた子供らが、今度は歓喜の声を上げる。
だが、それらがライに駆け寄ろうとした瞬間、ライが剣を振り下ろした状態で絶叫した。
「あああああーっ!」
それを耳にすると同時に、ぶわっと強風にあおられる。
ドン、と鳴る地響き。そして、またも響く悲鳴。土埃に目を細めつつライを見ると、彼を中心にして風がびゅうびゅう唸っていた。
「破魔の剣」は地面に深々と突き刺さり、そこから小さな亀裂ができている。亀裂はみしみしと音を立てて広がり、その様子に騎士も子供らも絶句した。
「建物に入れ!」
大声で命令すると、今度は大人しく子供らも従ってくれた。
魔物を一瞬で消したという、勇者の偉業を讃える熱気は既にない。そわそわとライを見ながら、大人たちに促され、ぞろぞろとその場を後にする。
当のライはそれを見送りもせず、地面に剣を突き刺したままうつむいていた。
「ライ」
声をかけ、ゆっくりと近付く。
「もう魔物もいないし、子供らもいない。剣を戻せ」
できるだけ穏やかに話しかけながら、震える肩にそっと触れると、ライがギクシャクと顔を上げた。
「ま、もの……」
「ああ、もういない。お前が一瞬で倒した。子供らも無事だ、怪我人もない」
落ち着かせるよう、ゆっくり噛んで含めるように言い聞かせると、ライはまたギクシャクと剣を引き抜き、震える手で鞘に納めた。
「破魔の剣」の目映い輝きが、鞘の中に納められる。
それを見てオレがホッとするのと、ライががくりとヒザから崩れたのと、ほとんど同時のことだった。
「ライ!」
とっさに抱き止め、ぎゅっとキツく抱き締める。
ライは眉間にしわを寄せて、静かに涙をこぼしていた。
「城に戻る。馬車の用意を」
オレの指示に、周りを囲んでいた騎士たちがテキパキと動き出す。
ちゅうちょなくライを抱き上げると、少しは肉付きよくなっていたものの、やはり相変わらず細くて軽かった。
魔物を一振りで両断し、地面にすらヒビを入れる「勇者」が、こんな頼りなげで保護欲をそそる存在だなんて、きっと誰も想像すらしていないだろう。
「もう大丈夫だ、ライ」
横抱きにしたまま囁き、抱き上げる手に力を込めると、ひぐっとしゃくり上げる音が聞こえる。
「オレが……やるしか……」
切れ切れの呟きに、「魔物はいない」と答えると、首を振られた。
「もっと探さないと。降ろして」
ボロボロ泣きながら身をよじり、オレから逃げようとするライに、胸が痛む。
降ろしたら、さっきの場所に戻るつもりなんだろうか? それとも1人で周辺を駆け回り、いもしない魔物を探すつもりか?
確かに魔物は脅威だが、たまに現われるだけだし、そんなことは以前にもあった。
子供も大人も避難したし、他の魔物の気配もない。
「お前の責任じゃない。気になるなら探させる。だが、今は黙って大人しくしてろ!」
ビシッと言い放ち、ぎゅっと抱き締めると、ライは「でも……」と言いながらオレの首元に抱き着いた。
震える腕で抱き着かれ、体温が一気に上がる。
「オレが、戦わないと……っ」
「もういい」
用意された馬車にライを抱き上げたままで乗り込み、ヒザの上に乗せて抱き締める。
「必要以上に背負うな」
ライは「でも」と言いかけたが、その開いた唇に口接けて舌をねじ込み、それ以上の反論を封じた。
とろりと甘い口内を舐め、縮こまる舌を愛撫する。
「ん……っ、ふ……っ」
キスの合間にライの嗚咽が漏れたけど、それには気付かない振りで、抱き締めて深いキスを続けた。
馬車の窓から王宮が見えてくると、ライはまた「魔物が」と言ってじたばた暴れた。
「オレだけ安穏と暮らせない」
とか。
「オレが寝込んでたから、こんなとこにも魔物が」
とか。
まるで「勇者」がサボったせいで、襲撃が起きたような言い方に、ムカッとする。
「誰かにそう言われたのか!? 誰だ!?」
一瞬、怒りがぐわっと湧き起こったが、そういう訳ではないらしい。
ヘイゼルの目に、またあの昏い闇が宿る。
「オレが寝込むと、誰か死ぬ。オレが前に出ないと、みんなが……っ」
それは、魔王を斃す前の、大陸での状況だったんだろうか?
ろくに睡眠時間も取れない程の、過酷な旅。日ごとに減ってく仲間。騎士団の壊滅……。
ほんの数ヶ月前、ボロボロで砦に現われた、ライ達3人の姿を思い出す。
「オレは……剣に選ばれた勇者だから……」
過去を見る昏い目から、ぼろぼろと溢れる涙。
オレにはその涙を舐め取って、「もういい」と言うくらいしかできなかった。
ライは確かに「勇者」だが、だからって全部背負う必要はない。
同行した騎士団だけじゃ足りないのなら、もっと援軍を頼めばよかった。勿論、そう簡単に人材は送れないし、志願する騎士も多くなかっただろうけど、そうすればもう少しはマシだったハズだ。
成人もしていない少年勇者とその仲間にだけ、全部背負わせるべきじゃなかった。
魔王を斃す旅が、そんなに過酷だなんて誰も考えていなかった。
ライを横抱きにしたまま、馬車を降りて王宮を闊歩する。
すれ違う貴族たちが、驚いたようにオレらを見ていたが、そのまま気にせず廊下を歩き、自分たちの部屋へと向かった。
留守番していた侍従や侍女が集まって、側に控える。
前と後ろを歩き、オレらを護衛する近衛騎士。こまごまとした用事をこなし、オレらの生活を支える侍従たち。全部ひっくるめて、オレの大事な側近だ。
その側近の中でも1番近い処を、ライに歩いて欲しかった。
オレの隣を一緒に歩き、「破魔の剣」を誇らしく腰に差し、「次期王の側近の勇者」として、側にいて欲しかった。
ライを「勇者」として利用しようとする、貴族や他国の連中のことを責められない。オレ自身、「勇者」である彼を、自分の箔付けのために求めていた。
だが――、今はやはり違うと思う。
「お前が辛いなら、もう『勇者』を辞めてもいい」
ぼそりとライに告げると、周りにいた誰かが小さく息を呑んだ。それすらも、オレが彼を利用しようとしていた証拠に思えて、痛かった。
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