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愛されたがりシュガー
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じょうずに愛されるためには、他よりも、かがやいていないといけない。
そのためには、自分のことを理解して、自分の強みを最大限活用しないと。
そんなのって、誰でもやってることでしょ?
「きゃー!せんぱーい、今日もかっこいいですぅ♡」
ーーーーーーその手段が、僕にとってはこれっていう、それだけのことじゃん?
ーーーーーーー
「ほーんとさ、よくやるよねー」
「ね、ほんとに気持ちわるーい!自分が可愛いって絶対思ってるよねぇ」
「うーわっ、ナルシストじゃん!」
僕と同じように、間延びした声で。
女々しくも悪口を連ねるあいつらは、僕の"オトモダチ"だ。
僕を前にしたら、媚びへつらって笑みを浮かべるくせに、こうして僕から離れては悪口を言う。
ほーんと、だっさいの。
軽くレバーをひねって水を流してから、キィと個室の扉をあける。
「えっ、佐藤くん?!」
「ん?なぁに?」
ギョッとしたようにこっちを見て、顔面蒼白になるオトモダチの顔に、ニッコリ笑いかけた。
ほんとは、嫌味の1つでも言ってやりたいところだが、直情径行ほど愚かなものはないとわかっている。
……浅はかな悪口に、完成された僕を崩すような価値はないしね。
「あのっ、ちがうのっ、今のは……」
往生際悪く、自分を正当化しようとする、その愚かな行動に自然と笑みが深まって行く。
「今のって………?何かあったの?」
小首を傾げてそう言えば、途端にホッとしたような顔をするこの子達は、本当に馬鹿なんじゃないかな。
将来詐欺に騙されないか、心配だ。
「ううんっ、なんでもないよ!気にしないで!」
それより今日もかわいいねっ!なんて粘着質な笑みを浮かべて褒めてくるなんて、ほんと傑作。
褒めればいいと思ってるんだろうな。
「えぇ、そんなことないよぉ、ありがと〜」
思ってもない決まり文句を、変わらずの笑顔で告げて、手を洗って立ち去る。
そんな当たり前のこと、言われたって嬉しくないし、そんな言葉くらいで誰かに気を許したりなんてしない。
自分の努力を棚に上げて、他人を妬むことしかできない負け犬なんて、こっちから願い下げだ。
嫌いたきゃ、嫌えばいいし、妬むなら妬めばいい。
この広い世の中、どんなに完璧な人間だって、誰かには嫌われる。
その好感度が多少上下することはあれど、僕のことを嫌う人もいれば、好きになってくれる人もいて、当たり前だ。
だから、僕は正しいと思ったように、後悔しないように行動する。
あいつらなんて、気にしない。
「おっ、佐藤くんじゃん!今日もかわいーね!」
掛けられる、好意的な、でも薄っぺらい声にくるりと振り向いた。
「うふふっ、ありがとー、うれしいな」
にっこり、あまくあまく、お砂糖のような笑顔を浮かべて。
ーーーー僕は、望ましい僕であり続けるために、今日も笑い続けてる。
ーーーーーー
道端の石に、アスファルトに花を咲かせる雑草に、いったい何人のひとが、目を向けるんだろう。
ぐしゃり。
「あはは、でさ〜〜」
無慈悲に踏みつけられて、ぺたりと地面に横たわる小さな花を、そっと撫でた。
だけど僕は花の専門家でもなければ、対策を思いつくほど頭の回転が早いわけでもない。
だから、こんな場所でも綺麗に花を咲かせたその植物に敬意を表することくらいしか、できはしない。
そして、こんな無慈悲な光景を見るたび、今日も頑張ろうって、そう思える。
きっとこの花だって、咲きたくてそこに咲いたわけじゃない。ただ、種が飛ばされた場所がここで。
だからその場所で、命の蓄えをさかせただけなんだろう。
ぼくたちが自分の性質を最初から決められないように、花だって虫だって鳥だって、自分のあり方を自分で決めることなんてできやしない。
みんな、自分が持って生まれた性質を受け入れて、その枠組みの中で精一杯いきている。
ぼくだってべつに、こうなりたかったわけじゃない。
だけど、だから、なに?
こう生まれたんだから、それならそれを生かすだけ。
持って生まれた、この性質たちが、無為に朽ち果てて行くことがないように。
僕の性質のひとつひとつを、僕自身が愛せるように。
そうやって、甘く笑うことは、随分前から僕の中で分かりきった正義だ。
「お、佐藤クン、今日も相変わらずだな」
「先輩!先輩こそ、今日も変わらずかっこいいですねぇ〜♡」
聞こえてきた、大好きな声に、自分の持てる最高のスピードで、その声の持ち主にすり寄った。
「おーおー、今日も絶好調じゃん」
ニヤリと片方の口角だけを上げてニヒルに笑う、その表情が放つ色気にクラリとした。
あぁ、ほんとにかっこいい。
ただでさえ、その圧倒的な美貌で絶大な人気をほこるこの人は、性格までクールでセクシーだ。
ちょっとSっ気があるところも、だけどほんとは優しいところも。
全部全部が、すごく好き。
「うふふ〜、先輩、大好きです〜〜♡」
その名の通り、ぶりぶりにアピールして、自分の中で最高に可愛い表情を、惜しげも無く使う。
これが、万人に受けるなんて思ってるわけじゃないけど。
このあと後悔しないように、めいいっぱい努力したいんだから、これでいいのだ。
「おまえなー、ほーんと、そんなことばっか言ってるからぶりっこって言われんだぞ」
可愛いんだから、普通にしてりゃいいのに。
さりげなくそんなセリフまで付け足すもんだから、僕の心臓は、潰れてしまいそうなくらい、ぎゅうぎゅうしている。
早死にしたら、この人のせいだ。
「えー?普通ってなんですかぁ?これが、僕の普通ですよぉ〜〜」
ぷぅ、と頬を膨らませてそう言ったのは、意地と根性みたいなもの。
僕がその言葉にときめいていることなんて、このあっついほっぺたで丸わかりなんだろうけど。
僕は意地でも自分の信念を曲げる気は無い。
「あー、はいはい。かわいいかわいい」
適当にそう答えて、人差し指で僕のほっぺたをつつく先輩。
ぷすぅ、と抜けて行く空気を感じながら、必殺技の上目遣いで見やった先輩は。
「ほーんと、素直にただ照れてりゃいいのに。可愛げのないやつ」
そんなことを言いながら、意地悪く笑った。
この僕にむかって、可愛げがない、だなんて言うのは先輩くらいだ。
ほんとに、一筋縄じゃいかない先輩。
………だから好きなんだけど。
「可愛げがないって、ひどいですよぉ〜!」
地声よりワントーン高く、そう告げて、ぎゅうっと抱きつく。
どさくさに紛れたそれも、あーはいはい、なんて言いながら、跳ね除けたりははしない。
とん、とん、なんて。
めちゃくちゃ甘い手つきっていわけじゃない。
どこかぞんざいな手つき。
だけどそれだけで昇天出来そうなくらい、僕は盲目的に、この人に恋をしている。
あーあ、こっから離れたくないなぁ。
そう思ってぎゅうって強く先輩を抱きしめても、先輩は苦しいともやめろとも言わない。
…………まぁ、僕が先輩より非力ってだけかもしれないけど。
無情にも鳴り響いたチャイムに、渋々、ほんとーに渋々手を離す。
「あー、もう休み時間おわっちゃったぁ。先輩と離れるの寂しいですぅ……」
本当なら舌打ちの1つでもしたいところだが、ちゃっかり最後のアピールも忘れずに、唇を尖らせた。
「ふっ、最後まで結構なお手前で。もういいからさっさと行け」
しっし、なんて冷たくあしらいながらも、この人は僕が見えなくなるまで、いつも見送ってくれることを知っている。
だから、先輩が遅刻しないように、パタパタと小走りで廊下を駆け抜けた。
…………まぁ、っていってもあくまで"かわいい"小走りだから、速くはないんだけどね。
ちょっと振り返ってみれば、やっぱりまだこっちを見てくれている先輩は、そんな小細工すらおみとおしと言いたげに苦笑している。
『いーから、早く行け』
口パクでそう告げるその瞳は、いつだって僕を見透かしているみたいで。
それがまた、僕をよりいっそう先輩に傾倒させていくんだ。
ほんとに、不思議。
…………あのこと、覚えているわけでもないだろうに。
足の歩みは止めないまま、少しだけ過去に思いを馳せた。
ーーーーーーーー
僕は、ひねくれた子供だった。
……だったって、おかしいかな。
今でも、決して素直とは言えないだろうから。
だけど、とにかく。
性格も見た目も、お世辞にもいいとは言えなくて、斜に構えたような、可愛げのかけらもない子供だった。
劣っていることを言い訳にして、全部他のせいにして、なんの努力もしない。
そのくせ、被害者意識のかたまりみたいな、嫌なやつだった。
「ーーーーなぁおまえさ、いっつも何してんの、そんなとこで」
だから彼が声をかけてきた時も。
「ほっといてくれる。僕が何をしてようが、あんたみたいな人には関係ないじゃん。
……それとも、なに。視界の端に映るのすら許せない?」
そんな僕の偏見を結晶にしたみたいな言葉を投げかけて。
そうすれば、僕に声をかけてきた男の子は、少し眉をひそめた。
「……なんじゃそりゃ。なに、他の誰かがおまえに興味を持つことすら、おまえは許さないわけ。それはちょっとちがうんじゃないの」
それは、意表をついた言葉だった。
いつだってひねくれた僕はみんなから疎まれていて。
それは、至極当然のことだ。
だから、ひねくれているくせに、なんの取り柄もない僕に、興味を持つ人間なんて、いたのか。そう、思った。
驚きに駆り立てられて、自分の前に立つ彼の顔を、初めてちゃんと意識して眺める。
「………………!」
そして、息を呑んだ。
彼は、見たこともないくらい整った顔をしていて。
適度に日に焼けた肌と、意思の強そうな瞳から、その快活さがうかがえた。
なんだこれ。
自分と似たような奴が、妙な仲間意識を持って近寄ってきたのなら、まだわかる。
「………………。」
「………………?なに?なんか俺の顔についてるか?」
なんで、こんな、究極のリア充みたいな奴がよってくるんだよ。
「……あのさ、視力大丈夫?あんた目、おかしいんじゃない?」
結局、口から出たのはそんな言葉。
「………………はぁ?」
心底わけがわからないと言いたげに顰められた顔は、それでもなおかっこいい。
つくづく、同じ人間とは思えない。
「……なんで、あんたみたいな人が、僕に話しかけるの」
そう言えば、その顔はますます嫌そうに顰められた。
「なんだよそれ。俺とおまえのあいだに、なんの差があるっていうんだよ」
そんな、綺麗事みたいな言葉を、彼はどうやら本気で言っているらしかった。
「…………はぁ?馬鹿じゃないの。誰が見たって、あんたと僕じゃ、月とすっぽんでしょ」
イラついてそう言えば、その瞳は急速に冷えたものになっていく。
「………………くだらな」
そんな、吐き捨てるような言葉に、ピクリと肩が震えた。
……なんで、僕は事実を言っただけなのに、怒られているのか。
けれど、その震えを見た彼は、1つため息をついて、声音を少し和らげた。
「同じ人間なのに、なにがそんなにちがうんだよ。同じ言葉を使って、したいと思ったら意思疎通ができるのに。
…………線を引いてるのは、俺でも、他の誰でもなく、おまえだろ」
その言葉に、頭を鈍器で殴られたような衝撃がはしった。
そんな考え方、したこともなかったから。
途端に、頭の片隅にも浮かばなかったような。
"自分は間違っていたのだろうか"
なんて、そんな疑問が頭を擡げる。
だけど、意地っ張りな心は、それを認めることができなくて。
「あんたみたいな、全部持ってそうなやつには、僕の気持ちなんて、わかんないでしょ」
出たのは、そんなみっともない言葉。
言った自分ですら、それがどんなに情けないか、すぐにわかった。
「顔も良くて、どうせなんでもできて、友達だってたくさんいるくせに。いっぱい、愛されてるくせに」
ホロリと零れた涙は、ぽたりと服の上に落ちて。
ただでさえヨレヨレで、しわくちゃな制服がますますみすぼらしくなっていく。
なんで僕、泣いてるんだろ。
説明できないような、怒りと焦りにぐしぐしと乱雑に目元を拭えば、その手ががしりと何かに掴まれた。
「あーあー、もうほんと、なんなんだよおまえ…」
ちらりと伺いみれば、呆れたような表情で、それでも彼は笑って、他でもない僕を真っ直ぐに見つめていた。
そのまま、優しく目元の涙を拭われる。
「……………まぁ、俺は確かに恵まれてるだろうな。だけど、だからといって、努力しなかったわけじゃないけど」
「………………」
キッと睨みつけながら続きを促せば、困ったように眉を下げて、彼は笑う。
「知らねーだろ、人気者は人気者で、大変なんだぜ?
…………まぁ、努力したこともないようなお前には、わかんねーだろうけど」
そして、最後には意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「……………ッ?!はぁ?!何様のつもり?」
あまりに腹立たしいその口上に、噛み付けば。
聡明な色をたたえた瞳は、真っ直ぐに僕を見つめ続ける。
「じゃあ、おまえはなにに対して努力したんだよ。
おまえの不満はなに?その不満がなくなるように、自分で何かやったのか?」
そう言われて、ハッとした。
…………どりょく?
「してねーだろ。
だっておまえ、いっつもそこで蹲ってんじゃん」
でも、だけど。
使い慣れたその言葉は浮かんで、でも続きは思いつかない。
「おまえが俺に言ったことってさ、全部おまえの不満だろ。
顔がよくて、なんでもできて、愛される、そんな人間になりたいんだろ。それ、なんの努力もせずになれるって、おまえ本気でそう思ってんの」
ぐさぐさと、鋭利に突き刺さる言葉たちは、全面的に正論だ。
正論だから、こんなにも刺さるんだ。
ますます溢れる涙は、僕を泣かせている元凶によって優しく拭われる。
本当、どんな状況だよこれ。
「見た目をきにするなら、服装だって気にした方がいいし、その長い前髪だって、どうにかできるだろ。なんでもできるようになりたいなら、勉強にしろ、運動にしろ、やってみればいいだろ。
愛されたいなら、愛されるためにおまえの性質を、おまえの良さを生かせばいい」
「ぼくの、よさ…………?」
そんなものどこにあるっていうんだ。
その言葉を感じたみたいに、彼は前髪を持ち上げて、僕の顔のすぐそばで笑った。
「うん、悪くはねぇんじゃねぇの。そのうざってぇ前髪と、陰気臭い表情と、荒れきった肌、どうにかすれば、まぁ可愛いんじゃね?」
「…………いんきくさくて、わるかったね。
…………かわいいって……」
可愛いって、その言葉は僕のプライドを刺激した。
「男が可愛くて、どうするっているのさ」
そしてこぼした愚痴にかえってきたのは。
「いった!なにすんの」
「ばーか、ほんと、おまえ図々しすぎだろ。愛されたい、そのうえに、"かっこよく"ありたい?
じゃあ整形でもするか?愛され方は、ありがたいことにひと通りじゃないんだ。
…………まぁ、考えろよ。蹲ってるくらいなら、よくよく考えろ」
デコピンをして、そんなセリフをのこして。
僕の心に、色褪せることのない、鮮烈な記憶を残して。
彼は去って行った。
……その日から、僕は生まれ変わった。
あんなに言い負かされたことが悔しくて。
自分が間違っていたことが悔しくて。
身だしなみも整えたし、ファッションも勉強した。
大嫌いだった勉強だってしたし、毎日ランニングをして、体型にだって気を使った。
教養を身につけて、色んなことに挑戦して。
美容にだって、もちろん気を使った。
努力すればするだけ、徐々に、ゆっくりと、僕の世界は明るくなっていった。
彼が言ったことは、正しかったのだ。
僕は偏見が強すぎて、狭い狭い世界しか見えていなかった。
"可愛い"だって、武器になる。
僕はそれを、身を以て学んだ。
学んだからには、極めてやる。
誰より可愛くなって、武器の切れ味を磨こうじゃないか。
そして、いつか、その武器をつかって。
「見返してやるんだから、まってろよこんにゃろーーーー!!!!!」
今はそんな時間ないからさ、会えないけど。
完成したら、もしその時に会えたなら。
絶対見返してやるんだから!!!
ーーーーーーー
あれから随分たって、僕は完全に変わった。
あの時の何倍も自分のことが好きになったし、自分の魅力が当然だと言えるくらいに、努力を重ねた。
そして、なんの因果か、彼を見つけた。
変わらない雰囲気と、さらに鋭利に磨かれた美しさをまとって、彼は同じ学校に通っていた。
彼にとって、きっとあの日の出来事は、なんでもないことで。
もう覚えていないかもしれない。
ううん、覚えていないだろう。
だけど。
「先輩っ、すきですっ!」
僕にとってはそうじゃない。
突然の告白に、目を見開く先輩と、ざわめく周り。
頭がおかしい奴だと思われたかもれない。
だけど、それが、なに?
僕は、あの日決めたことを、実行してみせる。
「すきですぅ〜!♡」
毎日毎日甘い声で囁き続けたそれが、僕の脳みそにまで浸透して、本物になってしまったのは誤算だけれど。
だけどそれでも、僕は最後までこの武器で勝負して。
あんたを落としてみせるから。
待ってろよ、先輩。
とてててと、あくまで可愛げを重視した走りを、壁にもたれながら見守る男がひとり。
「あーあ、素直になればいいっていってるのに、ほーんと。中身はかわんねぇのな。
…………かわいーやつ」
あそこまでやれと言ったつもりはなかったのだが、随分ひさしぶりに見た彼は、過剰なほどの努力で身を固めて生きていた。
たった一度の、自分の言葉を、こんなにも必死に抱きしめて生きているなんて、彼は一体どこまで可愛いのか。
「まぁ、精々がんばってくれよ、かわいいかわいい佐藤くん」
意地悪げに笑うその瞳には、しかしながら隠しようがないほどの甘さが見える。
砂糖漬けにされたような、胸焼けしそうな甘さが。
分かりきった勝敗を悟りながらも、彼はまだ意固地に頑張る甘い甘い後輩を弄ぶ気でいるらしい。
それでも一応、後輩が無事、教室の近くまで辿り着くのをちゃっかり見守ってから。
彼はくるりと身を翻した。
『愛されたがりシュガー』
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