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Words are of no use.<上>
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言葉が役に立たないと知ったのはいつだっただろう。
「ずっと一緒だよね?」
「僕は君の1番だよね?」
「将来一緒に住もうね」
「一生一緒にいようね!」
そんな、甘い甘い、幼稚な絵空事を、何度も何度も吐き出した。
「そうだね」
そんなゆるい許諾の言葉に、途方もなく安心して。
あるはずもない、くるはずもない未来に期待を寄せた。
側から見たら、なんて痛いやつだったことだろう。
現実も知らず。
相手の気持ちにも気付かず。
ただただ自分の愛を伝えるために、叶えるために。
言葉を重ねた。
それしかできなかった。
そうして、何度も何度も思い知った。
口約束になんて、なんの効力もないこと。
そんなものじゃ、愛する人を縛れやしないこと。
そんな当たり前のことを、途方も無い年月をかけて、理解した。
そう、言葉なんて意味がない。
言葉なんて、役に立ちはしない。
結局。
僕の愛を叶えられるのは、物理的に、法的に、医学的に保証されたような。
ーーーーーそんな、実効力のある、力だけだ。
ーーーーーーー
「よっしゃ、やっと今日の仕事おわった」
訪れた開放感に、思い切り伸びをする。
時計を見れば、午後8時。
定時は随分過ぎているが、実質の終業時間としてはこのくらいが妥当だろう。
「まーじか、お前あいっかわらず要領いいよなあ、お前。俺はまだまだだわ」
そう言って、溜息をつきながら肩をすくめる同僚を尻目に、帰り支度をする。
「まあ、お前ならできるよ。じゃ、お先に」
「ちぇっ、今日も手伝ってくんねぇのな。あーあ、彼女できた途端に冷たくなっちゃってさ。やな奴だぜほんと」
今まで散々手伝わせておいてその言い草はないだろうと思うものの、同僚の言葉が事実であるのも確かだ。
「まぁそう言ってくれるなよ。お前にもわかるだろー?可愛い可愛い恋人が待ってるときの気持ち」
「まぁ、わかるけど。……はぁ、せいぜいイチャイチャしてこいよ」
拗ねたようにシッシと手を振る同僚に苦笑して、今度こそオフィスを飛び出した。
昨日会った。
一昨日あった。
その前の日も。
毎日毎日顔を合わせているのに。
それでも、やはり今日も会いたいと思う。
こんな新鮮な気持ちで恋をするのは、一体いつぶりだろう。
そもそも、"恋"だなんて可愛い単語をこの歳になって使うことになるとは思わなかった。
そう考えるだけでも、胸が緩やかに暖かくなって。
一人、目を細める。
そうして早足に進んだ家路。
ようやく着いた家の扉をはやる手つきで開けば。
「おかえり、タク」
柔らかく笑って迎えてくれる恋人がいる。
「ただいま、チカ」
すかさず降ってくる柔らかい唇にほっとして。
すり、と無意識にその肩にすり寄せた頬は、甘んじて受け入れられる。
それどころか。
「ふふ、今日もタクは可愛いね」
そんな、嬉しいんだか嬉しくないんだからわからない言葉を落として、こいつは俺をふわりと抱き上げさえする。
かつてはたしかにあった違和感も、こいつのせいですっかりなくなってしまった。
「…可愛いっていうな」
「ごめんごめん、もちろん可愛いだけじゃなくてかっこいいよ」
そんなことを言いながら、俺を抱えたチカは、優しく俺をあやしながら廊下を進んでいく。
ーーーーチカ、なんて。
まるで女の子のように可愛い名前。
実際、この名前を聞いた同僚は、"彼女"だと勘違いしているけど。
見てわかる通り、チカは、女じゃない。
それどころか、俺よりずっとたくましい立派な男だ。
柔らかい物腰に、綺麗な顔。
高いスペックに、気遣いも欠かさない。
こんな、女が放って置かなさそうな男と付き合う日がくるなんて、一体誰が想像できただろう。
こいつと付き合うまで、自分の恋人の性別に、オプションなんて存在しなかった。
男は女と付き合うものだと思っていたし、ときめくのも、抱きしめたいと思うのも女だったのに。
『タク』
俺を呼ぶ甘い声はいつのまにか俺を侵食して。
『好きだよ』
その言葉が、いつだって優しいその手付きが、俺にとって無くてはならないものに、なってしまっていた。
ーーーー俺は、"バイ"というやつだったのだろうか。
胸の高鳴りに焦って、困惑して。
そんなことを考えもしたけれど。
ーーー『ねぇ、タク、好きなんだよ、好き』
まっすぐに、泣きそうな顔でそう告げるこいつを見て、なんだかどうでもよくなったのだ。
だって、俺とタクが付き合う、その中にバイとかゲイとか、そんなの関係ないじゃん。
俺がお前を好きで、お前が俺を好き。
そんなシンプルな事実さえあれば、十分なはずで。
それ以上に何が必要だって言うんだろう。
それでも強いて答えを出すなら、チカが、性別を超越したレベルで魅力的だったってことで。
そんなチカと一緒にいられる俺は、世界で一番幸福にちがいないって、そんだけだろ。
この時ばかりは、自分が雑な性格でよかったなと思った。
そこからは、あれよあれよというまに進んだ。
いつのまにか、組み敷かれて。
いつのまにか、同棲していて。
いつのまにか、養子縁組までおわってた。
あまりにもめまぐるしい出来事に、戸惑わなかったとは言えないけど。
『嬉しい』
1つ1つに、この世で1番幸せそうな顔で、チカが笑うから。
ーーーーお前とならどんなことがあっても大丈夫なんじゃないかなって。
そう思えたから。
きっと、お前もそう思ってくれてるんだろうなって、そう思ってた。
現状に特別不便はないし、むしろ、世界一幸せといっても過言じゃないだろう。
だけど、1つだけ気にくわないことがある。
チカは、よく働いた。
俺と同じように、社会人としての務めを果たした後。
食事の準備、後片づけ。
週末には、それに加えて、掃除、洗濯、買い出し。
何もかもを、一人でやろうとした。
手伝おうとしても、『俺がやるから』といって、譲らない。俺の世話は焼いても、俺に自分の世話は焼かせない。
それはまるで俺のことを信頼していないようで、そこだけは気に入らなかった。
「……なぁ、やっぱ俺も飯作るよ」
何度目だろう。
「……え?もしかして、美味しくなかった?」
いい香りに包まれた食卓で、香りを裏切らない味に舌鼓をうちながら告げる。
途端にチカは不安そうな顔をする。
「いーや、めちゃくちゃうまいよ」
「…………じゃあ、どうして?」
「チカは、俺になんでもやってくれるけどさ、俺だってチカに何かしてやりたいんだよ」
「………………」
変なことを言ったつもりはないのに、その言葉で、チカはあからさまに表情を曇らせる。
「わかるだろ?お前が好きだから、愛してるからこそ、されっぱなしは嫌なんだって。だから」「タク」
それでもわかってくれるだろうと続けた言葉は、チカに遮られ。
「…………ねぇ、今、すごくタクと繋がりたい」
そうして次の瞬間は、物理的に塞がれる。
「……?!おい、いまはなし、ふぅっ、」
「だーめ、集中して?」
やめさせようとしても、チカはその舌を巧妙に絡め取って、言葉を、言葉を告げる力を、意思を、奪っていく。
「…………ん、……っ、ふ…………ぅ」
ぺろぺろと執拗に舌を絡め取っては、やわく食むその巧みな動きに、あっという間に俺は翻弄された。
「……………ふ、ぁ」
ようやく離れた唇を、ぼうっと眺めていると。
「ふふ、とろんとしてる。かーわい」
そう言ったチカが、ゆるりと頭を撫でてきた。
それは、優しくて、甘やかすような手付き。
それなのに。
「…………ん、やめ…………ぁ、」
時節いたずらに耳を掠め、やらしく頭皮を撫でる動きに、どうしようもなく気持ちが昂ぶっていく。
ほんと、何度目だよ、これ。
「やめないよ。ね、ほら、素直になって?」
どうせ聞き入れてもらえないって、こうなるってわかってても、どうしても諦められない。
そうやって、今日もまた、同じ状況に追い込まれて。
「………………っ、ふぅ」
「一緒に気持ちいいこと、しよう?大丈夫、タクはなーんにも考えなくていいから」
ただ、気持ちよくなって?
またいつもと同様に、ぼそりと、息を吹き込むように耳元で囁かれた甘い言葉に。
「ふふ、良い子」
俺は今日もまた、陥落した。
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