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「教頭、その話は――」
「分かってますよ。もちろん約束通り伏せておきます」
この教頭、世間話のついでにポロッと言ってしまいそうだ。
思わず眉を寄せると、キャッと高い声を上げながら頬を染めている。
本当に分かっているんだろうか。
生徒指導から降りることは周りにも伝えているが、さすがに辞職することまでは言っていない。
神谷は良くも悪くも俺を慕ってくれているし、この忙しい時期に言うべきではないと判断した。
とはいえ他には親交の深い教師もいなければ生徒には嫌われているし、別に俺がいなくなったところでなんてことはないだろう。
「本当は引き止めたい気持ちでいっぱいですが、紺野先生の人生に関わることですからね。それに喜ぶべきことですから」
「…そんな大袈裟なことでは」
「とんでもないです。高校教師から大学の准教授などなかなかなれることではありません」
「ずっと昔から論文を評価してくださっている教授の元へ行くだけです。たまたま付き合いがあっただけなので」
「ご謙遜を。紺野先生の研究が高く評価されていることは、私の耳にも入っておりますよ」
本当は結構前から誘われていたが、断り続けていた。
だが行く気になったのはやはり七海とのことがあったからだ。
今後は教師というよりは、大学という環境で研究の出来る数学者として生きていく事にした。
俺が教師として最低なことをしているという自覚は、ちゃんと持っている。
「でねー、聞いてくださいよ眼鏡センセー。結局カミヤンには好きって言えなくてー」
夕方になったらなぜか結城が訪ねてきた。
コイツも懲りずに俺に恋愛相談をしてくるが、この現状ではいつものように強制的に教科書を開かせることも出来やしない。
「そんなことより勉強しろ。もうすぐ中間テストだろう」
「その中間テスト前に倒れたのはどこの教師ですか」
「お前は俺にストレスを与えるために来たのか」
じとっと目を細めると、テヘッと舌を出された。
なるほど。やはり俺にトドメを刺しに来たらしい。
「もー、ピリピリしないでくださいよ。プリン買ってきたんですよー。眼鏡センセー甘いの好きでしょ。文化祭でケーキ美味しそうに食べてましたもんね」
「えっ」
結城はそう言って鞄からコンビニ袋を取り出すと、俺の前で揺らしてみせる。
生徒に金を出させたものを貰って良いのかとも思うが、見舞いの品を断るのもマナー違反だろう。
退院してからちゃんとお返しをすれば問題ないし、そこは有り難く貰っておくことにする。
「あ…ありがとう」
「わお、眼鏡センセーお礼とか言えるんですね」
「お前は俺をなんだと思っている」
「もちろん恋敵ですよ」
そう言われて面食らう。
俺はコイツにそんな風に思われていたのか。
「誤解をするな。俺はお前の恋路を邪魔するつもりはない。神谷が勝手に俺を好きなだけだ」
「それナチュラルに煽ってますよね?なんなら喧嘩売ってますよね?プリン目の前で食べますよ」
「――おや、結城も来ていたのか」
結城と話していたら神谷が顔を出した。
両手いっぱいの高そうな花束を持ってきたが、一体それをどうするつもりだ。
あっという間に縮こまる結城に目を細めつつ、ヤレヤレと神谷に口を開く。
「お前か。俺が入院していることを結城に言ったのは」
「ああ、すみません。結城が心配そうにしていたもので」
「…か、カミヤンは悪くないです…っ。テスト前だし眼鏡先生に勉強教えて貰いに行ったら、たまたま救急車が来てるところに遭遇しただけで…」
「ほお?」
勉強だとか言っているが、どうせまた余計な提案をしに俺のところに来たんだろう。
あっという間に強気な態度が鳴りを潜めた結城と、鼻歌を口ずさみながら花瓶に花を活けている神谷との三人で会話をする。
二人が帰ると入れ替わるように七海が来た。
七海は七海で俺の頼んだ私物とは別に本を持ってきて、どうやら俺の事を考えて図書室で司書と相談してきたらしい。
「俺小説とかあんまり読まないんですけど、それ面白いって言ってたんで暇つぶしにいいかなって。でも俺のおすすめはそっちじゃなくてー…」
そう言ってニッと悪戯に笑顔を作ってから、ドンとベッド上の机に紙袋を置く。
「これ超絶面白い俺のおすすめ漫画ですっ。これ読んだらみーちゃんも明日からバスケ始めたくなりますよ」
漫画なんて子供の頃にチラッと見たことがある程度で、ほとんど読んだことはない。
が、そんなことよりも七海がやっと笑顔を見せてくれたことや、俺のためを思ってしてくれた行動にギュッと胸が締め付けられる。
あっという間に顔に熱が昇って、頭が回らなくなる。
「…わ、分かった。明日からバスケ始める」
「ぷ、まだ読んでないじゃないですか」
「あ…そ、そうだったな」
焦って変なことを口走ってしまったが、七海は楽しそうにまた笑ってくれた。
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