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七海の悪ふざけのせいでお互いに変に熱を持て余しながら電車を降りる。
余計な劣情を振り払うように顔をあげた。
「な、何か食べて帰るか?お腹空いただろう」
「いえ、帰りましょう。触りたいです」
こっちが必死に気を逸らそうとしているのに、驚くほど率直だ。
ぶわっと体温が上がり言葉に詰まってしまうが、七海はもう決めたというように俺の家に向けて歩き出す。
というか当然のように俺の家に来ようとしているんだが。
「それに食べて帰るならみーちゃんのご飯が食べたいです。俺も手伝うんで作って下さい」
そう言って顔だけ振り向かせてニッと笑顔を作る。
俺を動揺させたり、体温を上げたり、不安にさせたりと、本当にコイツは人を弄ぶのが上手い。
自分でも七海の行動の一つ一つに完全に翻弄させられてしまっていると思う。
自宅までの道を歩きながら、機嫌良さそうな七海の横顔を盗み見る。
もう昨夜の電話のことは忘れているんだろうか。
そもそも話し合いをしたいと言われたから七海を大学に連れて行ったんだが、予想外に楽しそうな姿に後回しにしてしまっていた。
今更余計な話をぶり返して七海の機嫌を損ねてしまうのは嫌だし、このまま忘れてくれるのならそれが一番いい。
そう考えれば、なるべくその話にならないようにと何か会話の糸口を探す。
「な、夏休み以来か」
「え?」
「しばらく俺の家に来ていなかっただろう」
あんなに入り浸っていたのに、夏休み以降七海は本当に受験勉強に専念していた。
七海は「ああ」と視線を持ち上げた。
「本当はこんなに時間空けるつもりなかったんですけどね。みーちゃんが入院しちゃったんで」
「あ、あの時は本当にすまなかった。驚かせただろう」
「いえ、俺が悪いんで」
「お前は別に――」
言いかけたら七海がギュッと俺の手を握ってきた。
閑散とした住宅街、辺りは暗く俺達以外人の気配はない。
「俺が悪いんですよ。ちゃんと知ってます。子供だと思ってますか?」
そう言われてビクリとしてしまう。
昨夜の話になってしまったらと不安な気持ちになる。
だが七海は俺を安心させるように表情を緩めた。
「ストレスですよね。俺がみーちゃんに負担を掛けてるのはちゃんと分かってます」
「べ、別にお前の事だけじゃない。仕事も忙しかったし…それに教師はなりやすいんだと医者も言っていた」
「でも俺がいなかったら絶対になってないですよね」
「子供は大人に負担を掛けるものだ。別にお前が気にすることじゃ――」
フォローするために言った言葉だったが、それは失言だと気づく。
またしても七海を子供扱いしてしまった。
これではまた機嫌を損ねさせてしまう。
「あ、ち、違う。そうじゃなくて…俺から見たら未成年は全部子供なんだ。お前が人間的に出来ていないというわけではなく――」
「ぷ、なんすかいきなり。フォロー下手くそすぎじゃないですか」
クスクスと笑う声に七海が怒っていないことを知る。
これは返しとして正解だったんだろうか。
もう自分の言葉の何が正解で何が不正解なのか分からなくなってくる。
前はあんなに気にせず思ったことを言えたのに、コイツと一緒に時間を過ごせば過ごすほど自分が分からなくなっていく。
「いいんです。分かってますから。全部…全部俺が間違ってたんです。みーちゃんが子供扱いするのも仕方ないです」
「――え?」
七海の言葉に驚く。
自分に否定的な事を言う七海を初めて見た。
ハッとして見上げたが、七海は俺を見ていなかった。
小さな星が瞬く夜空を見上げ、そっと息を吐き出す。
冬も入りかけの夜空に白い息が浮かんだ。
「最初に身体を手に入れる、なんて考えがそもそも間違ってたんです。まあそうしないとみーちゃんの気を引けなかった気もするんですけど。でもきっと間違ってた」
七海の言葉に不安を覚えてしまう。
確かに間違ってないと言える行動では到底ない。
だが今更それを反省するのか。
反省して、そしてどうするんだ。
嫌な予感がしてざわりと足元から冷たい感覚が這い上がってくる。
「お、お前は余計なことを考えなくていいんだ。今は勉強のことだけ考えていればそれで――」
「俺が反省するのはおかしいですか?」
「お、おかしくはない。おかしくはないが…」
「不安ですか?」
そう言われて心臓がギュッと掴まれる。
気付いたら俺のほうが七海の手を強く握ってしまっていた。
いつもと違う七海の言葉が、俺の気持ちを酷く動揺させていく。
七海は不意に足を止めると、何も言えないままの俺を見下ろした。
ビリビリとした視線を感じるが、自分の言葉が失言に繋がってしまったらと思うと怖くて何も言えなくなってしまう。
「みーちゃん、もうやめましょう。この関係」
突然落ちてきた言葉に目を見開く。
頭が真っ白になる。
何を考える間もなく口を開いていた。
「ま、待ってくれ。違う…っ、違うんだ」
あまりに唐突な言葉に混乱してしまう。
身体が震えて、思わず七海の服を縋るように掴む。
「お、俺はお前になんて言ったらいいのか分からないだけなんだ…っ。お前の機嫌を取りたいだけなのに、なぜかいつも怒らせてしまってーー」
いつかこんな日がくるような気はしていた。
あっという間に七海の気持ちが変わって、捨てられてしまうんだと覚悟していた。
そしてその時俺は絶対に七海を追ってはいけないし、正しい形に戻るだけなんだとそう思っていた。
「お前が子供なだけじゃないのは分かってる。分かってるが俺には全部初めてのことでお前とどう向き合っていけばいいのか分からなくて…っ。だけどちゃんとお前のことを考えているし、俺にとって七海は子供だけど子供じゃなくて――」
もう自分が何を言っているのか分からないほど言葉が支離滅裂になっている自覚はある。
おまけにまだ言葉の途中なのに、なぜだか涙まで溢れてきた。
ぼたぼたと自然と流れ落ちるそれに、七海が慌てたように声を出す。
「――ちょっ、み、みーちゃ…」
七海が好きなんだ。
コイツの真っ直ぐなところが大好きだ。
笑った顔が大好きだ。
俺を呼ぶ声が、触れる手が大好きだ。
こんな風に苦しくなるほど他人を想ったのは、本当に初めてだったんだ。
「違いますっ。違うんですっ」
「な、なにが――」
グズグズと鼻水をすすりながら、七海の服を逃さないようにギュッと掴む。
みっともないのは自覚している。
30歳が高校生に縋るなどありえないが、それでも今言わなかったらきっと簡単に全部終わってしまう。
「俺はみーちゃんと付き合いたいんです。今みたいな関係じゃなく、ちゃんと恋人として見て欲しいって言おうと思ったんです」
「えっ」
ピタリと涙が止まった。
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