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「七海、合格おめでとう」
神谷に報告するため七海と職員室へ来たが、結果を言う前に神谷はいつもの笑顔を浮かべる。
「だが人前で紺野先生を抱き上げるのは戴けないな」
「あっ、見てました?ラブラブですいません」
「ふむ、センター試験後にギリギリで超やばいと青い顔で相談しにきたくせに、合格したら随分余裕が出てきたな」
「わっ、ちょっとそれ黙ってて下さいよっ。格好つかないじゃないっすか」
なんだと。それは初耳だ。
試験前に「信じて待っていて下さい」と余裕な顔で言っていたくせに、そんなことになっていたのか。
道理でそのあと俺に目もくれず必死に勉強していたわけだ。
報告を終えて帰宅していく七海を神谷と見送る。
何はともあれ七海の合格が決まって本当に良かった。
これで本当の意味で七海にお疲れ様と言ってやれる。
「紺野先生も安心したでしょう。ここのところずっと不安そうにしてましたから」
「…ああ。正直こんなに人を心配したのは人生で初めてだ」
「ふふ、あなたがこんなにも誰かのことを考える日が来るとは」
相変わらず人を冷酷扱いしてくる奴だが、それでも今までたくさんの生徒の合否を見てきたがこんな気持ちになることは一度もなかった。
そういう意味でも俺は教師としてやはり向いていないんだろう。
アイツだけを贔屓しすぎている自覚は十二分にある。
とはいえいよいよ七海の大学も決まり、俺が高校教師として生徒と向き合うのも残すところ卒業式だけだ。
七海とは色々あったが、アイツとの学校生活も終わりとなる。
もう一緒に弁当を食べることも、授業態度の良すぎるアイツを見ることも、人の顔を見たら嬉しそうに駆け寄ってくる姿や人目を忍んで触れてくる姿を見ることもなくなってしまうんだろう。
本当に激動の一年だったなと思いを馳せていると、神谷が隣でため息を吐いた。
「…はぁ、それにしても七海は羨ましいです。来年度からもあなたと同じ学校にいられるなんて」
「…ん?」
何を言っているんだと隣に顔を向ける。
神谷と視線が合って、キョトンとした表情が返ってきた。
何だその顔は。
「おや、その表情は…。お互いに示し合わせたのではないのですか?あなたの勤める大学と七海の通う大学は同じですよ?」
「――なに!?」
神谷の言葉に驚愕する。
どういうことだ。
アイツはちゃんと自分の希望した大学があったはずだ。
それにアイツのレベルでは俺の大学は難しかったはずだが。
いや、その前に。
「七海は俺が辞職することを知らないはずだが…」
「では本人も知らずに選んだのでしょうか。なんでも実際に大学見学に行ってきたらすごく気に入ったとか、良い教授に知り合えて案内してもらったとかでそこに行きたいと数ヶ月前に希望大学変えていましたが」
「なんだと。それはマジか」
「大マジです。ってあなたがそんな言葉づかいをするなんて珍しい」
クツクツと神谷が笑っているが、唖然としてしまう。
全く知らなかった。
確かに七海を連れて行ったのはまだ冬休み前で、大学選びには間に合う時期ではあった。
考えてみれば他に大学見学に行っていない七海が、俺と一緒に見学へ行った場所へ行きたいと思うのはおかしなことじゃない。
おまけに教授にまでしっかり紹介していたし、考えれば考えるほど迂闊なことをしてしまった気がしてならない。
「さすがにレベルが高いのでどうなることかと思っていたのですがね。相当頑張ってはいましたが、アイツも実際合格するまでは不安だったと思いますよ」
呆然と神谷の話を聞く。
そういえば受験後や今日の合格発表でも七海が帰ってくるのがやけに遅いと心配していたが、そういうことだったのか。
七海と一緒に大学見学に行った時に、ここからだと距離があるなと感じたのを覚えている。
「…なんてことだ」
思わず額を抑える。
一体俺は何のために辞職したんだ。
アイツと同じ学校にまた通うくらいなら、ここで高校教師をやっていたほうが良かったんじゃないのか。
また酷い罪悪感に悩まされるのか。
教師として大学に行くよりは数学者として大学に行くつもりだが、准教授であれば当然ながら生徒と教師である関係は変わらない。
「七海が知ったらまた大はしゃぎする顔が目に浮かびますね。…おや」
不意に神谷に顔を覗き込まれてカッと顔が熱くなる。
読心術などなくても何を言われるのかは、もう分かっている。
「どうやらはしゃいでいるのは七海だけでは――」
「い、言うなっ」
慌ててその口を両手で塞いだ。
仕事を終えて帰ると嬉しそうな七海に飛びつかれ、明日手続きと父親へ報告に言ってくるという話を聞いた。
少し心配してしまうが七海の様子は前に父親の元へ行った時とは違い、今はこれから来る大学生活に浮かれているといった様子だった。
「何か困ったことがあればすぐに俺に言え。金でも何でも遠慮はいらない」
「だからみーちゃんのヒモになる気はないですって。でも何かあったらちゃんと相談しますね」
やはり合格発表を終えて、本当の意味で解放されて随分気が楽なんだろう。
心底嬉しそうな表情の七海は、料理を作る俺にベタベタと後ろから懐いてくる。
「大学行ったらやりたいこといっぱいあるんですよね。バスケサークル入って、バイトしてー…」
「お前本業を忘れるなよ。学生の本業は勉強をすることであって遊ぶことでは…」
「だーいじょうぶですっ。みーちゃんが見て無くてもちゃんと勉強しますから」
「えっ。…ああ、いや…えーっと。…それなんだが――」
「俺の最終目標は数学教師じゃないですからねっ。みーちゃんと対等に数学の話を出来るようになってー、それから…」
七海に同じ大学へ通うことになると伝えようと思ったが、今日の七海はいつにもまして饒舌だ。
というか完全にはしゃいでいる。
それから、それからと夢をたくさん語る七海の姿に、クスリと表情が緩んでしまう。
こういうところはどこまでも子供らしい。
「いつにするか」
「え?」
俺の言葉に七海が首を傾げる。
なんだ。ひょっとして忘れていたのか。
「合格したら遊園地へ行く約束だろう。卒業式を終えれば俺も少しは仕事が落ち着くし、お前のために一日くらい時間を作ってやれる」
「おーっ、マジですかっ。やったっ」
言いながらもうぎゅうぎゅうと抱きしめられた。
手加減無しで力を込められて、さすがに苦しくて息が出来ない。
文化祭の時に七海が俺を思って取ってくれたチケットは、ちゃんと大切に保管している。
ようやく使う時が来たことに、正直俺も楽しみで仕方なかった。
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