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第7章
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八代がパンパンと乾いた音を立てて、手を叩く。
「入って来て。」
その合図に五人の男達が、鉄の扉を開けて中に入って来た。七瀬はとっさに、身体を強張らせ、目を見開いた。
呼吸が荒くなる。
思わず身体を捩り、手と足の鎖がジャラリと鳴る。
「思い出してくれたかな?
彼らはぼくの親衛隊のメンバー。今日君をここに連れて来てくれた子達だよ。」
七瀬は今から行われる行為を察し、情けないと思いつつ、
歯をカタカタと震わせた。何度も首を振る。
鎖が虚しくガチャガチャと鳴った。
「怖がることはないよ。
ぼくは、君に気持ちよくなってほしいだけなんだ。
君に、喜んで欲しいんだよ。」
そして八代は笑みを浮かべながら、プチプチとシャツのボタンを全部外した。
そして、後ろを振り向き、五人のうちの1人に手を差し出す。
「アレを。」
まるで機械人形のように、その一人が反応し怪しげな液体が入ったボトルとスマホを、
八代の手に差し出した。
再び笑みが振り返る。
「七瀬くん、これから君はしばらくここに居てもらうことになる。それについては、急に生徒がいなくなったら学校側も心配するだろうから、
君から連絡しておいてくれないかな?」
「しばらく…って、
一体、どれくらいです?一体、何を…。」
「君次第だよ。」
八代の強い声が遮る。
いまや、生徒会長として、
学校で知られているような爽やかで美しい八代敏明の面影は何処にもなかった。
ただただ冷淡に、まわりの鉄の壁のように冷たい八代の残忍な笑みがそこにあるだけだった。
七瀬の中で、どくんどくん、と心臓が暴れる。
「七瀬くんがどうなるかも…、
そして、御船くんがどうなるかも。」
「…っ、どうして…。御船はおれが巻き込んだだけだって言ったでしょう!?」
「そんな事誰が信じる?」
八代の声が冷え冷えと、七瀬の胸に溜まる。
まるで絶望が毒となって、七瀬の身体を侵食するように、七瀬は床に這いつくばったまま、もう指一本動かせなかった。
恐怖の色でただ、八代を見る。
「御船くんは以前からの札付きの問題児だ。
ぼくがこの証拠写真を持って一言、
この学校に害になる生徒です、と申告さえすれば、学校側はにべもなく、彼を切り捨てるだろう。
今までは彼が上手いこと、証拠の出ないよう立ち回っていただけで、彼の態度に不満を持っていた教師陣も何人かいる。
そんな状況で、君達の言い分なんて誰が信じる?
資料室で事に及んじゃうような淫乱委員長と、遊び人の札付き生徒、ひきかえ、生徒会長であり誰からの信頼も厚いぼく。
さて、どちら側が有利か。
…賢い君なら分かるだろう?今が一体、
どういう状況なのか。」
「……。」
声が出ない。
胸も手も頭も、みんな痛い。
八代の放った言葉の棘が身体の至る所に突き刺さっているようだ。
御船は、
たしかに、問題児だった。
それは認める。
以前は七瀬だって彼を毛嫌いしていたのだ。
ただ、今は違うじゃないか。
動機がいかなるものであれ、彼は変わった。
惚れた人間の甘さと言われればそうかもしれないが、
授業に出て、勉強に励み、いかがわしい交友も、断ち切りつつある。
そんな人間の行動が、たった一枚の写真で、たった一人の一言で、無碍にされるなんてあって良いはずがない。
ーーーそれも…、おれなんかとの、行為のせいで。
しかし…。
目の前に座る八代の態度は、それを現実にさせるだけの自信と余裕にあふれていた。
唇を噛み締め、八代を睨む。
「七瀬くん、全ては君次第だ。
もし君がぼくの言う通りに動いてくれるなら、
この写真はなかった事にしよう。
もちろん誰にも秘密にしておいてあげる。
…ただ君がぼくの言いつけを守らないなら、
まず、御船くんから潰してゆく。」
七瀬は低く呻いた。
頭を床に擦り付け、傷が出来るまで、押し付ける。
「あとは、そうだなあ…。」
八代は天井を見上げ、わざとらしく、
考えるそぶりを見せた。
「君の実家に連絡すると言うのはどうだい?」
「…っ!」
「君のお家、かなり由緒正しいお家柄なんだよねえ、一人暮らしのお坊ちゃんがこんなことしてるなんて、お家の方に知れたら、
特に"お父さん”に知れたら、
…まずいんじゃない?」
八代はさも愉快そうに朗らかに、けたけた笑う。
七瀬の思考はそれに比例して、ゆっくり冷えていった。
ーーーそうか…。
この人だったのか。
証拠なんてない。どうやって調べたのかもわからない。だが、あの日、業田が七瀬の部屋にきた原因は、おそらくこの八代が何か、七瀬の家に吹き込んだからなのではないか。
以前から七瀬に嫌悪感を抱いていたとしたら。
焦っていた気持ちが少しだけ引いてゆく。
かわりに、嫌悪と憤りが七瀬の心を強くした。
「…勝手にすれば良い。」
「え?」
「家に連絡したいなら、…勝手にすれば良い。」
八代は意外、といった風に目を丸くする。
「…へえ?良いんだ?こんな事やあんな事しられても?」
「…勝手にすれば良い。ただ、何度も言うように、御船は巻き込まれただけだ。
御船に手出しをする事は許さない。」
ここへ来てから初めて強く、七瀬の声が部屋に響いた。身体はまだ動かず、相変わらず情けなく横たわっているが、
声は負けず、強い目で八代を睨む。
ーーーさせるものか。
この人の好きなようになんてさせるものか。
おれなんかが、どうなったとしても。
「…ふうん?」
面白くない、と言う風に八代の声が低くなった。
「まあ…、良いよ。
君がぼくの言うこと聞いてくれれば後はどうとでもなるんだから、
君自身はどうなっても良いんでしょ?」
「構わない。あなた方が、したいように…。」
ーーーどうせ、最初からそれが目的だったんだろう。こっちに選択権なんて…、ないくせに。
怒りを籠めた声で七瀬が返す。
あっはっは、と乾いた声が響いた。そして八代は手に握ったスマホを操作して、
七瀬の耳元に差し出した。
「じゃあ、言って。
今学校に掛けているから君はしばらく学校に来れないよう伝えるんだ。
妙な事を言ったら…、
分かっているね?」
七瀬は床に寝そべったまま、
押し付けられたスマホのコール音を聞いた。
そして考えた。
ーーーこれは罰だ。
おれが今までずっと、
御船に気があるそぶりをして、
けしかけ続けていたことへの。
惹かれていたくせに、
それを認めることなく御船にだけに、酷い言葉をかけ続けていたことへの。
いつもいつも自分は御船を罵っていたけれど、
本当は絡んでくる御船を待ちわびていたくせに。
あの日だって苦しくはあったけど、
求められる体温にたまらない恍惚感を感じていたくせに。
ーーーもっと、早く…。
自分の卑怯さと醜さに気づいていたら。
勇気が、持てていたなら、
ちゃんと気持ちに向き合い、認めていたら。
こんな事には、ならなかった、かもしれない。
御船は、どう思うだろう。
急に休んだりして…、
やっぱり、少し、心配してくれるだろうか。
なるべく早く、忘れてくれたら…。
自分のこの傲慢さのせいで、彼を巻き込むわけにはいかない。
只倉も…、きっと心配するだろうな。昨日の今日で、申し訳ない。長倉がなんとか宥めてくれると良いけれど…。
ーーー全部おれのせいだ。
少しだけ、惨めに泣きそうになりながら、
それだけはなんとかこらえ、
七瀬は声を整えた。
コールが切れる。
スマホから教師の声が聞こえて来た。
呼吸を一つして、七瀬は努めて穏やかに喋り出した。
「おはようございます、1年3組の、七瀬ですが…。」
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