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第11章
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恥ずかしい。
穴があったら、埋まりたい。
「吐き気や頭痛は?」
「…いえ、」
「身体にどこか異常や痛みはありませんか?」
「…ありません。」
あの時入って来たのは看護師で、
馬乗りになっている御船の姿を見て、
大変呆れていた。
慌てて上に乗っていた御船をどけて、何とか繕ってはみたものの、顔の熱は一向に引かず、ますます赤みを増すばかりの頰を隠すように七瀬は俯きながら、謝罪した。
淡々と響く看護師の問いにも、小さく縮こまったまま、視線を上げられない。
「まったく、困りますね、起きていたならちゃんと呼んでいただかないと。まだまだ万全でないのだから。」
「…すみません。」
軽いため息と共に、看護師がカルテに目を落とす。
七瀬はふたたび深く頭を下げ、視線を泳がせた。
と、同時に視界の端に、椅子に座った御船の不機嫌なオーラを感じてギョッと一瞬、固まった。どうやら、あの場を邪魔しに来た看護師に対して腹を立てているらしい。
どす黒いオーラを放ちながら、顔をしかめ、
ベッド脇に立つ看護師を睨んでいる。
足と手を固く組んで、まるでさっさと終わらせろ、と言わんばかりに怒気を放っている。
ーーーバカ…、お前が怒ってどうするんだ!
七瀬は看護師を睨む御船を睨んで、やめろ、と身振りで示した。それに気付いた御船も、しょうがない、といったようにすこし溜飲を下げた。
「けれど、まあ、気が付いて本当に良かったわ。
あなた五日間も、ずっと寝たきりだったのよ。
熱ももうないようだし、ご飯もちゃんときっちり食べれば近いうちに元気になれますよ。」
看護師のあたたかな手が七瀬の額に回って、
冷え冷えとした表情を柔らかく崩し、七瀬に向かって微笑んだ。
七瀬は思わずまた顔を染めて、小さくお礼を言った。
それを見た御船がまた眉をひそめて、怒気を放った。
ーーーだからやめろと言うのに!!
しばらくトライアングルの睨み合いをした後で、
傷や痣の具合を確認し終えた看護師は出て行き、
ふたたび御船と二人きりの病室に戻った。
七瀬は胸を撫で下ろし、御船を睨む。
「…まったくお前は、何考えてるんだよ。ヒヤヒヤさせるな。」
「俺は別にお前を睨んでなんかいないぜ。」
だから余計にタチが悪いんだろうが。
深いため息をついた後で、ふと病室を見回すと、
物置きに飾ってあった小さな花束が目に留まった。優しい色合いで統一されている可愛らしい花束だ。
「御船…、アレお前が置いてくれたのか?」
花瓶を指で指しながら、おずおずと、御船に尋ねる。正直、まったくもって御船のイメージとは合わない。正直で悪いけど。
御船は花束を見て、ああ、と呟いた。
「アレは菱本とかいう女子の置いてったものだ。」
「菱本さんが…?」
七瀬が目を見開く。
ーーーそうか…。菱本さんが…。
彼女もあの場に遭遇してしまった一人だ。
あんな状況で、巻き込んでしまって、
きっと彼女にも大変辛い思いをさせてしまっただろう。
それでもわざわざ見舞いに来てくれたのだ。
「…謝らなきゃな、おれ。みんなにも…。」
菱本さんにも、それから、只倉にも…。
七瀬はふたたび視線を落とし、布団をぎゅっと握り締める。罪悪感がざわざわと胸のあたりを占めた。
途端、御船の手が伸びて、俯いた七瀬の顎をすくった。
「お前が謝らなきゃならない事はなんにも、ない。あの看護師も言ってたろ?」
そして、優しく七瀬の唇にキスを落とす。
先ほどの激しいキスとは違い、包み込むような安心するようなキスだった。
「…お前が今考えなきゃならないのは、きっちり食って自分の身体を癒す事だ。それ以外の事は気にする必要なんかない。」
七瀬は視線を上げて、再び御船を見ると、
泣きそうな目で小さく微笑んだ。
口づけと一緒に胸の痛みも、スゥッと引いていく。
御船も応えて優しく微笑んでくれる。
そして、困ったように眉を寄せて、前髪を掻きあげた。
「本当は、…このまま二人きりでも良いんだけどな、
けどアイツらもずっと心配してるから連絡だけ、してくる。すぐ戻るから待ってろ。」
七瀬は短く頷いて、立ち上がりごしに額にキスを落とした御船をそのまま見送った。
部屋は一気に静寂に包まれて、明るい日差しの上に落ちた、雲の影だけが室内を動く。
ーーー本当に帰って来たのだ、現実に…。
昨日の夜の出来事がまるで嘘のように、平和で静かな光景だった。
何より、傍らに御船がいる。
こんな事になってしまった自分の側に、まだ居てくれて、案じてくれている。
そして、何度も、好きだと、言ってくれた。
只倉にしても、菱本さんにしても、多分きっと長倉も、心配してくれていたのだろう。
あの会長たちとの日々は、
思い出すだけでも、身の毛がよだつけれど、
こうして、帰って来られる場所がまだ残っていたという事は、何よりもありがたい事だった。
ーーー感謝しなくては。
早く、気持ちだけでも元どおりにならなくては。
そしてちゃんとお礼を言おう。
そして、御船には、
今度こそちゃんと……。
感慨にふけりながら、そんなことを考えていると、コンコン、と扉を叩く音が聞こえた。
「…はい、どうぞ」
ーーー御船か?早いな、もう連絡し終わったのか?
それともまた看護師か、医者だろうか。
枕にもたれていた身体を正して、扉の方に向き直る。
そして、開かれた扉の向こうから現れた人物を見て、それまであたたかい熱を宿していた七瀬の身体が一気に凍った。
目が見開かれ、声が掠れる。
「…父さん。」
ゆっくりと、グレーのスーツをまとった端正な男が、病室の中に足を踏み入れた。後ろからは業田の黒い影も見える。
思わず七瀬はベッドの中で後ずさった。
身体がガタガタ震えだす。
「久しぶりだね、智美。」
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