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第12章
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ーーーおれは、御船が好きだ…。
言わなくちゃ、ちゃんと言わなくちゃ。
逸る気持ちと、疼く想いが心を渦巻く。
白い靄の中、七瀬は立ち尽くしながら、
靄の向こうに見える影に向かって、精一杯に、
声を放った。
ここがどこだかは分からなかったけれど、
ただ周りには何もなく、静かで限りなく広いという事だけは分かった。
辺りには誰もいない。
七瀬と靄の向こうに立つ影だけがこの世界に存在していた。
ーーーおれは…お前が好きだ、御船。
影は何も答えない。
何も答えずただジッと、何かに背を凭せ掛け、
ジッとこちらを見つめて来る。
『…好きだと?』
不意に、それまで黙っていた影が言った。
その声には明らかに、呆れと嘲笑の色が含まれていた。
嗤うように七瀬に問う。
『お前が、俺を?』
ーーーそうだよ、ずっと…、好きだったんだ。
その突き放すような声に、七瀬の心がざわめいた。あそこにいるのは、御船だ。
どういうわけだか、ここに立った瞬間から、
七瀬はずっとそう確信してきた。
けれど返された声は七瀬が想像していた温度と明らかに違う。
戸惑いと焦りに身体が震える。
『俺を好きだと言ってもな、
所詮、俺の身体が目当てだろ?』
ーーー…何だって?
七瀬の身体の芯がどんどん冷えていく。
気を張っていなければ、ぐらりと傾いてしまいそうになる。
どうして…、どうしてそんな事…。
『お前は初め、俺を拒絶していたじゃないか。
一回だけというつもりで近づいて来たのはお前の方だろ?』
影が遠くから嘲笑う。
七瀬はハッと息を呑み、
苦痛に歪んだ声で、弱々しく否定した。
ーーー違う…、違う…。おれは、本当に、お前の事を…。
『俺に抱かれたかっただけなんだろ?初め、お前は俺を軽蔑していたからな。ちょっとお楽しみになりたかっただけなんだろ?』
ーーー違う、そうじゃない!あれは、あの時は…、自分の気持ちを認めるのが怖くて…!
そうだ。おれはずっと怖かった。
だから御船だけ、悪者にするような事を、
ずっと言ってきてしまった。
『いまさら遅い。』
七瀬の喉がひゅっと鳴る。
影は嗤いながら近づいてきて、強張って立ち尽くす七瀬の前に立った。
そしてはっきりその顔が見えた瞬間、
七瀬は息を止めた。
御船だと思っていたその影は、御船ではなかった。
『許さない。』
ーーーっ!
『君が御船くんのものになるなんて許さない。』
目の前に立った八代は口角を上げ、
悪魔のような目で七瀬を射すくめながら嗤った。
そして嗤いながら七瀬の身体に絡みついた。
縄のように、蔓のように、あの時の、
鎖のように…。
あ、あ、あ…!
『行かせるものか、お前をこのまま、渡すものか。』
八代の笑い声が頭にガンガンと響く。
七瀬は抵抗も出来ず、ただ固まってその場に立ち尽くした。
胸が痛い。動悸がする。
早くこの腕を振り払わなければ。
こんな男の元からは一刻も早く立ち去らなければ。
そう思うのに、身体が動かない。
手も足も、意思を失ったようにピクリとも動かなかった。否定の言葉すら渇いた喉からは出てこない。
段々朦朧として、意識が遠のいてきた時、
遠くから声が聞こえた。
「…七瀬、ーーーおい、七瀬!」
強い声と共に、頰に軽い振動が伝わる。
耳元でもう一度名前を呼ばれた時、
七瀬はハッと目覚めた。
息を荒く吐きながら、覗き込んでいる御船の顔を見上げる。
「おい、大丈夫か、七瀬。悪い夢でも見たのか?」
「…ぁ、御船…?」
御船だ。今度こそ正真正銘の御船だ。
「具合悪いのか?顔色、悪いけど。水持って来てやろうか?」
「あ、いや…、良い。すまない、大丈夫だ。」
まだわずかに痛む頭を押さえながら、
七瀬は身体を起こし、献身的な声に緩く首を振った。
ーーー情けない。
どうやら自分はまた心配させてしまったようだ。
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